モンロー・ウォーク

檀敬

 1・突然の連絡

「持って帰ります」
 とある日曜日の夕方に次男から送られてきた、この短いメッセージが発端だった。メッセージには段ボール箱に入ったキジトラの子猫の写真が添付されていた。
「はぁ?」
 これがアテクシの、次男への返信だった。
(どういうこと?)(猫を拾ったってことか?)(猫を持って帰るって意味?)(何がどうしてそうなった?)
 突然のことに戸惑い、そのことを不可解で理不尽に思いながらも、現実の問題がアテクシの頭に浮かんでいた。
(猫がもう一匹、増えるってことか)(しつけは大丈夫なのか?)(猫の世話は、やはりアテクシかぁ……)
 それよりも、肝心なことを次男に伝える必要があった。
「我が家の『財務大臣』に飼育許可の申請をしておけよ!」
 すぐに次男から返信が来た。
「母ちゃんには同じ写真を添えてメールをしておいた」
 こういう時は、実にそつのない行動をする次男だった。
 ちなみに、その日の女房の帰宅はいつもよりも早く、玄関のドアを開けた女房の、最初の言葉は次の通りだった。
「子猫ちゃんはどこ? どこにいるの?」

 2・数奇な運命

 この子猫は、お客さんの車の中に入り込んでいたらしい。運転中に「ニャー、ニヤー」と鳴き声がするとのことだった。ボンネットを開けて点検してみたら子猫が飛び出してきたという。警察までが出動して子猫の大捕物になったのだと、次男は話をしてくれた。
 車のエンジンルームに潜り込んだのなら死と隣り合わせという状況だったのに、この子猫は生き残った。身柄を確保されて段ボール箱に入れられたのだった。
 この子猫はとても人懐こくて、飼い猫であったことは判明したが、飼い主は見つかりそうになかった。このままだと子猫は殺処分されそうな話だったので、次男はかわいそうに思って引き取ることにしたのだという。
 とても強運な子猫である。そんな猫に対して「飼わないぞ!」なんてことは言えなくなってしまった。

 3・我が家のこと

 しかしながら、我が家には既に四匹の猫がいる。アテクシのツィッター・アカウントをフォローしていただている方はご承知だと思うが、ここに列挙しておこう。
・ハチワレでおとなしい性格の父「ハチ」(去勢済)
・サビでヤンキーな性格の母「こげ」(未去勢)
・黒で根暗な性格の息子(兄)「クロ」(去勢済)
・ハチワレで陽気な性格の息子(弟)「ちろ」(去勢済)
 四匹も飼っているのなら一匹くらい増えても……という考え方もあるが、この四匹は『家族』なのだ。そこに赤の他人猫が加わることにはいろいろと懸念がある。
 今は子猫で少量で事足りているが、エサも食うし、居場所も必要だ。そうした金銭的な、また物理的な不安もある。
 しかし、「猫がもう一匹、加わる」という事実に抗うことはできない。お世話係のアテクシとしては、受け入れる他に選択肢はないのだ。

 4・子猫が来た

 我が家にやって来たキジトラの雌子猫は、警戒して「シャー」と威嚇するばかりだった。大捕り物で捕まえられて箱に押し込まれ、次にその箱が開かれたら、知らない場所で知らない人間がいたのだ。パニックにもなるだろう。
 飼い主バカの発言になるが、この子猫は賢い。エサをちゃんと認識して完食、食べた後にしっかりと水を飲み、トイレの砂も理解して砂箱で用を足した。それを見たアテクシは胸をなで下ろす。第一関門をクリアしたからだ。
 室内で飼うための条件は整った。しかし、今すぐに先住する猫たちと同居させることはもちろん、現段階で顔合わせをすることも衛生的にも猫の心理的にも良くないと判断して、子猫はダイニングで別居させることにした。
 子猫の名前だが、長時間の家族会議の末に『えま』と決定した。この名前にした詳しい理由については省略するが、お転婆なハーマイオニー・グレンジャー役のエマ・ワトソンからではないことを明言しておこう。

 5・しっぽが動かない

 ダイニング・チェアの下で遊ぶ「えま」の様子をしばらく観察していて、妙なことに気がついた。えまのしっぽが、ダラリと垂れ下がったままで動かないのである。
 抱きかかえた時にしっぽを触ってみたが、力が入っている様子もなく、触られた感触もないようだ。えま自身も、しっぽを意識していない印象だった。他の身体の部分、頭や首とか四肢は飛んだり、跳ねたり、走ったりと自由自在で、何の問題なくその機能を発揮している。
 しっぽが動かなくても、生活する上で支障はないよね?……なんて考えていたが、そんなことはなかった。トイレの時にオシッコやウンコでしっぽが汚れるのである。これは困った。早く動物病院に連れて行くしかない。

 6・診察

 えまの診察結果は以下の通りだ。
 生まれたのは四月の中頃で、我が家に来た時点で生後二カ月半だった。そして、検査は「ノミ」と「寄生虫」である。幸い、どちらも陰性で第二関門をクリアした。衛生的には先住する四匹の猫と同居することは可能になった。
 問題は「しっぽ」である。獣医師の見立てでは、しっぽの付け根を強打して神経を損傷しているとのこと。成長していく過程で動くようになるかもしれないが、可能性は低いらしい。排泄関係の神経まで損傷していたら、オシッコやウンコを垂れ流すかもしれないと。幸いにして垂れ流したことはないのだが、しっぽが汚れるのは仕方がなく、しっぽをキレイにしてあげてほしいということだった。
 獣医師は、しっぽのことよりも気になることがあるようで、えまを抱いてこんなことをつぶやいた。
「良かったなぁ、えまちゃん。ちゃんとした人に拾ってもらって。ホントに良かったなぁ」
 それを聞いたお世話係のアテクシは(そうか、えまは幸せ者なんだ。もう飼うしかないんだ!)と心を決めた。

 7・顔合わせ

 それから一週間ほどして、えまと他の猫との顔合わせを行ってみた。ハチとクロとちろは雄猫だから新入りの雌猫ちゃんに興味津々な印象だが、雌猫のこげとは相性があまり良くない。お后様『こげ』と庶民の娘『えま』という雰囲気で、こげはいつも「フゥー」というお怒りを庶民の娘にぶつけるのだ。雌猫同士だからそうなのか、他に要因があるのか、そこのところはよく分からない。
 そこで、えまをクロとちろの部屋で同居させてみた。
 漫画『タッチ』の三人のような、甘酸っぱい青春模様を想像したのだが、ちょっと違っていた。三十代独身男子の二人に、自由で奔放な女子高生が割り込んで、男子二人を翻弄している風味だった。これはこれで楽しいので、しばらくはこの組み合わせで生活しようと思っている。

 8・未来の「えま」

 猫にとって「しっぽ」は大切だ。身体のバランスやマーキングに利用し、一番多用するのは「感情表現」であろうが、しっぽが動かない「えま」にはそれができない。
 それに、発情期の反射『ロードシス』の一部【しっぽを左右のどちらかに巻き付けて性器を露出させる】もできない。これらのことが将来、えまにハンデを与えるのではないだろうかと憂慮している。
 しかし、今は元気なえまである。かわいさいっぱいの子猫だ。将来を悲観していても仕方がない。現状の『えま』を見守ることがお世話係の使命なのだろうと思い直した。
 今、アテクシが目を細めていることは、しっぽが邪魔をするのでプリッ、プリッとお尻を振って歩く「えま」の後ろ姿であった。えまちゃん、かわいいよ!

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