僕の妹

篝火

 僕の妹には尻尾が生えている。きつね色でふわふわ。きつね色と書くと、きつねの尻尾そのものを連想してしまうだろうけれど、あんな硬い毛ではなくて、もっと柔らかく、微風に揺れる様はいとおかし。
 家族の中で尻尾が生えているのは妹だけ。でも、それが特別だと思ったことはなかった。世の中には尻尾が生えている人と生えていない人がいて、たまたまうちでは妹だけが生えている人だった程度に感じていたのだ。ところが幼稚園に入園しても、小学校に入学しても、まわりで尻尾が生えているのは僕の妹ただ一人だけだった。僕はますます尻尾の生えている妹が愛おしくなり、尻尾にまつわるすべてのトラブルから守ってあげると心に誓ったのだ。

 ぼくの愚兄には角が生えている。額の左右に一本ずつ。皮膚が角に引っ張られているのか、目が釣り上がって、いつも怒っているように見える。正直怖い。それでも幼稚園の頃までは、気にせず一緒に遊んでいた記憶がある。あの当時は無邪気だったなあと思う。ぼくが兄の角を嫌悪するようになったのは小学生になってからだ。帰宅中に兄とばったり出会い、じゃあ一緒に帰ろうという流れが、不自然なほど多いことに気づいた時からかもしれない。
 正直キモい。

「妹よ、お兄ちゃん最近悩みがあるのだが」
「一人称が『お兄ちゃん』ってまじキモいんですけど」
「い、いきなり痛烈だな。僕の悩みとはまさにそこなんだ」
「ウザい、キモい、あっち行け。話し聞くなんて言ってないし」
「な、なんてことを……。む……昔はあんなに優しかった亜美ちゃんが……」
「英太ふざけんな。ぼくを亜美ちゃんて呼んで良いのは大輔君だけだ」
「だだ、大輔君!!!? だだだ誰だそいつは!? お、お兄ちゃん許さないぞ!」
「なんで英太の許可を得なきゃいけないのさ。あー、宿題中だから邪魔。あっち行って。しっしっ」

 お分りいただけただろうか。僕の悩みとはご覧いただいた通り、『妹が最近冷たい』だったのだが、これが繰り返されるうち、なんだかこれも有りだなあとか思うようになってきて、更に妹の暴言を誘うが如くダメな兄を演じるのであった。やれやれ、僕の可愛い亜美ちゃんにも困ったものだ。

 ね、キモいでしょ。兄に見られてると尻尾もへにゃってなっちゃうよ。ぼく、その日の調子が尻尾でわかっちゃうんだ。絶好調の時は、上に向かってピーンと立っていて、逆に調子が悪い時はだらんって下に下がっちゃう。つまり、兄がいるときは気分最悪ってこと。今は、兄の角が大輔君に向かないか、それだけが気がかりだよ。

「お前が大輔って奴か」
「あ、お、お兄さん。お噂はかねがね」
「おおおおおお、おに、おに、お兄さん!!!??? おまおまお前にににお兄さんとか呼ばれる筋あいあいあいむきー!!!」
「だ、大丈夫ですか? お兄さん」
「おおおお前なんかかかつつつこのつこの角でささささ刺し刺し刺してやるるるるるる」
「英太やめろ! 大輔君、怪我は無かった?」
「あ、亜美ちゃん。お兄さんが突然おかしくなって……」
「亜美ちゃん、その手をはなはな離すんだ。あみあみ亜美ちゃんはお兄ちゃんが一生守るって神様に誓ったんだから」
「だからぼくを亜美ちゃんって呼ぶな糞英太! 迷惑だからぼくに構うなし。角が感染るわ」
「つのつの角がうつうつ感染るるるピキーーーーン…………

 この時だった。僕の中でいろんな感情が目まぐるしく入り乱れて、胸の奥の方から何か熱いものが込み上げてきたのだ。
 亜美ちゃん、僕に冷たくしないで。亜美ちゃん、もっと罵って。亜美ちゃんは僕が守るから。亜美ちゃんが僕のもので無くなってしまう。ああ、亜美ちゃん亜美ちゃん亜美ちゃん……。亜美ちゃんの尻尾亜美ちゃんの尻尾亜美ちゃんの尻尾……。ぐはーーーーーーー……

「な、なんかお兄さん、急に静かになったね」
「そ、そんなしおらしくしたってダメなんだから。お母さんに言って、英太は晩御飯抜きにしてもらうんだから」
「亜美ちゃん、しおらしいっていうのとはちょっと違うみたいだよ。なんかお兄さんブツブツ言ってるし」
「こ、これはもしかして……メタモルフォーゼ……?」
「亜美ちゃん、何か心当たりがあるの?」
「ううん、心当たりっていうのじゃないんだけど、英太昔から角とか生えちゃってるし、そのうち本当の鬼にでも変身するんじゃないかと思ってたから……」

(クククク、遂に我の力が必要となったか)
(お、お前は誰だ!?)
(我はお前自身。お前の本心と言い換えてもいい)
(ぼ、僕の本心? 僕の本心がお前のように邪悪であるはずがないだろう)
(フハハハハハハハハハハハハハハ! ヘドロのように濁り腐った自分の感情に気づいてさえいないのか。自身に抗うな。あるがままに受け入れよ!)
(僕は純粋に妹を守りたいだけで……妹の幸せを望んでいるだけで……)
(無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ーーーー!!!! 激情の業火に身を委ねるがいい!!!!)

「亜美ちゃん、僕は生まれ変わったよ。さあ、一緒におうちへ帰ろう」
「なんかお兄さん、引っ張った割には前とあまり変わりない感じだね」
「違う、違うよ大輔君。だって、ぼくの尻尾が急に丸まっちゃったもん。きっと身の危険を感じてるんだ。これは逃げた方がいいかもね」
「でも、お兄さんなんだかニコニコしてるし、俺はあまり危険を感じないけどな」
「はうあ!」
「亜美ちゃん、どうしたの?」
「け、決定的な違いを発見してしまった」
「お、俺には違いなんてわからないよ」
「あれはヤバいあれはヤバいあれはヤバい……」
「もう、亜美ちゃん焦らさないでよ! どこがどう違うっていうのさ!」

「こ、股間から新しい角が生えてる」
「あ、それはヤバいね……」

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