SLOW DAYS

BANANAMELON

  外から拾ってきた薄黄緑色のふさふさしたもの。その先っぽが左に行けば左に、右に行けば右に。目と首を動かして精一杯追いかける。
 お母さんの「ほら、にゃんにゃんにゃん」って声を耳にしてると、なんだか体がうずうずしてきて、気が付いたらぱっと手を伸ばしていた。けど、ふさふさしたものにちょこっとだけ触れても、すぐに明後日の方に行ってしまう。そんな風だから余計意地になって追っかけはじめる。体ごと動かしているとたまにふさふさしたものが指とか掌にあたって、気持ちよかったり痛かったりしてより夢中になった。その間もお母さんの「にゃんにゃんにゃん」は耳の中に入りこんできて、段々とまぶたが重くなっていく。
 ころんと体をカーペットの上に転がそうとすると、お母さんがさっと膝を差しだしてくれた。そこに頭をのっけたあと、またふさふさしたものが振られたから手を伸ばそうとしたけど、眠くて眠くてどうしようもなくて、目の中が明るくなったり暗くなったりを繰り返したあと、灯りで滲んだ薄黄緑色が目の端をかすめてから真っ暗になった。

 学校の帰り道、重いランドセルを背負って歩いていると薄黄緑色のものが見えた気がした。足を止めて振り向けば草でいっぱいになった空き地があり、その手前に猫じゃらしが生えている。たぶん、これだなと思いまじまじ眺める。通学路沿いにあるから何度も通ってはいたものの、立ち止まってみるのは久しぶりだった。そういえば、前はここでシンヤやタイチ君、カナちゃんと遊んだ。草と草の間に体を潜らせてトンネルを作りながら駆けぬけたり、あまり植物が生えてないところを秘密基地にしたりした。
 思い出すと久々に草むらに入りたくなってランドセルを下ろす。直後に赤い革が夕日を反射したのが目に沁みた。ちょっとだけ服が汚れそうになるのが気になったけど、よしっ、と気合を入れてから猫じゃらしと猫じゃらしの間に体を潜りこませて草むらに入る。緑の海から上半身を出してゆっくり進んでいきながら、前は虫が目とか口に入ったり手足を這いずったり、足元にいた鳥が飛びたったりしたなと思い出し、今日長袖長ズボンだったことに少しほっとする。こうして進んでいると、早く来いよと挑発してきたシンヤや、転んだ時に手を引いて起こしてくれたたタイチ君、いち早くシンヤをおっかけてとっちめてくれたカナちゃんがこの草むらのどこかに潜んでいる気がした。
 考えてみれば四人で遊ぶことも少なくなった。カナちゃんとはたまに遊ぶけど、他の二人とは廊下や通学路で立ち話をすることはあっても遊ぶということはめったにない。この二人に限らず最近友だちと、集まる時はだいたい女子は女子、男子は男子という感じになっていて、異性と遊ぶのもクラスで空いた時間にたまにというくらいになった。不満はないけど、いざ思い出してみると少しだけ寂しい。
 そんなことを考えながら草むらを泳いでいく。昔あったはずの秘密基地はみつからず途方に暮れて天を仰ぐと、空に白いもくもくとした線が引かれていた。まっすぐに進む雲を見上げながら、また三人を誘ってで基地を作ろうかなとぼんやりと思った。

 チョココロネを頬張る可奈が窓の外を指差したので見てみると、一筋の線が青空を走っている最中だった。
 一緒に昼食を楽しんでいる加藤さんや吉田さんは「なんだ、ただの飛行機雲じゃん」とか「驚かせないでよ」なんて言って、微笑ましげに可奈の頬を突っついたり頭をなでなでしたりしている。友人二人とおおむね同じ感想を抱きつつも、出遅れ機会を逃したのもあって、野菜ジュースをちゅーちゅーしたままじゃれ合う三人を見ていた。
 頬や頭をこねこねされている可奈の方もまんざらじゃないみたいで「やめてよ」なんて言いながらも楽しげな顔をしている。本人の小動物じみた顔立ちもあって、加藤さんや吉田さんがかまいたくなるのもよくわかったし、実際自分も、一昔前は誰よりも可奈をいじる立場にいた。元々、誰か一人のものだったというわけではないけど、可奈で楽しむ役割が自分だけのものでなくなったということがちょっとだけ悔しくなくもない。
 気が付くと可奈がじっと見つめてきていた。なんとなく空いている手を振り返すと、親友はにっこり笑っておいでおいでしてくる。断わる理由もなかったので残っていたジュースを一気に吸いあげてから、可奈の後ろに移動した。
「温めておきました」
 加藤さんはニヤニヤしながら頭を下げると、可奈の後ろを譲るようにして離れる。たぶん、三時間目の日本史で秀吉の話題が出たからだろうと思いつつ「苦しゅうない」なんて答え、ゆっくりと可奈を抱きしめる。クーラーがかかっているとはいえ、加藤さんの言葉通り親友の体はたっぷり熱を含んでいて、髪の隙間から見えるうなじも汗ばんでいた。
「くっつきすぎ。熱いよ」
 笑いながら不満を告げる可奈を逃がさないよう、両腕に力をこめていく。その際、くくられた長い髪がこちらの顔にぶつかり口付けみたいになった。
 小学生くらいまでは可奈の方が背が高かったからこちらが腕におさめられていたのに、今では可奈を腕におさめる側だというのは色々と感慨深い。後ろから二人の視線を感じ、吉田さんの「まるで恋人みたいだね」なんていうおかしそうな声が聞こてきた。それはそれでいいかもしれないなんて思いながら髪に顔を埋めて「やめてってば」なんて声を聞き、もっといじめたくなった。
 
 夕日に照らされ近付いてくる可弥ちゃんの頭の後ろでぴょこぴょこと揺れるくくられた長い髪の毛を見ながら、色々と懐かしい気持ちになる。
「おばさん、見て見て」
「どれどれ」なんて可弥ちゃんに応じながら、ベンチから下りて覗きこむ。掌の中には蝉の抜け殻が三つほどおさまっていた。子供の頃はよくとったなと思い出しながら「いっぱいとれたね」なんて言いながら頭をなでなでする。くすぐったそうな可弥ちゃんの顔は見ているだけで和んだ。
「かっこいいでしょ」
 えへんっ、と胸を張る可弥ちゃんは、この間お父さんが見せてくれたという怪獣映画の話題を嬉々としてして口にする。その話にうんうんと頷いたり、よくわからないところを部分的に聞き流したりしながら、昔、自分はなんで蝉の抜け殻をとっていたのだろうという疑問を膨らませた。可弥ちゃんは話を聞くに怪獣みたいだからという理由なのだろうけど、思い返してみてもそんな感じがしない。集めるのが楽しかったのは覚えてるけど、なんでの部分ははっきりしなかった。それでもと頭を搾っていると慎弥が、競争しようぜと言っていた光景が薄ぼんやりと浮かぶ。そして、あんまり集められず半べそになったところを可奈になぐさめられ、太一君にいくつか分けてもらったことも。思い出すと同時に、情けさと悔しさがよみがえる。
「おばさん、具合が悪いの」
 無邪気な瞳を向けて尋ねてくる可弥ちゃんに「大丈夫だよ」と笑顔をつくろって答えてから、微妙な気まずさをごまかすべくなにかないかと視線をさまよわせると、猫じゃらしが生えているのが見えた。これ幸いとばかりに引き抜いてから「ほら、にゃんにゃんにゃん」と可弥ちゃんの前で振ってみせる。けど、可弥ちゃんは首を捻ったあと「猫ちゃんが好きなの」と真顔で尋ね返してきた。一瞬、言葉を失ってから「うん、そうなんだよ」とごまかす。
 昔は年中、母に猫じゃらしで遊んでもらっていた身としては、こんなに反応がないと少々寂しくもある。いや、今の可弥ちゃんと同じ小学生ぐらいの時には卒業してたかもしれない。そんなことを思い返しつつ猫じゃらしの先っぽを触っていると、可弥ちゃんが髪をぴょこぴょこと揺らしながら走りだした。「気を付けてね」と声をかけ後ろ姿を見送りながら、薄黄緑色のふさふさを揺らす。そうしているとなんとなく、自分で持っているにもかかわらず、手を伸ばしたくなって仕方なくなってくる。昔の母もこんな気持ちだったんだろうかなんて子供じみた考えを起こしたあと、なんとなくこの子を預けてきた旧友たちにも猫じゃらしを見ていると手を伸ばしたくなるか聞いてみようと思いながら、薄黄緑色のふさふさの揺れと長くくくられた髪の揺れを合わせる遊びを可弥ちゃんが帰ってくるまで意味もなく繰り返した。

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