ひのこのゆめ

しっぽつけ

目の前に少女が倒れている。うつ伏せなので顔は見えない。真っ赤なスカートを履いているので性別を超えてスカートの愛好家でない限り女性。背かっこうから子供なので、即ち少女だ。あたりは真っ暗。遠さも近さも足元さえも見えない知れないわからない。時折どこか遠くで雷のような音がして赤だか青だか黄色だか光が閃いては消える以外あたりを照らすものはない。

暗闇に浮かび上がったのは四つの面だった。そのうちの一つ化け物じみた奇妙な面が言葉を継いだ。
「ケケケ。突然ですが問題ですねぇ」
顔というにはあまりにも曲がりひしゃげたそれが中空に火でも吐き散らすかのような奇妙なしぐさであたりを見回したようだった。頭巾を被った化け物面は全身黒ずくめの忍び装束のようである。
「なにやら倒れ伏しているのはどこぞの子供のようですが、それを囲んで不穏な五つの面。これは一体どういうことですかねぇ」
「ぬぅ」
化け物面。すなわち化面(けめん)忍者の隣で他の面が唸りを発した。袈裟(けさ)鈴懸(すずかけ)に手甲(てっこう)脚絆(きゃはん)。法螺貝下げて杖つく姿はいわゆる山伏のようだ。これで鼻でも突き出ていれば天狗と言っても差し支えないところ。惜しむらくはその面で狗は狗でもまんまの狗だ。
「化生(けしょう)の類に貸す耳など持たぬ」
惜しくなかった。裏腹に狗面行者の頭巾(ときん)超しの両耳はくりくりとかわいらしい。
「吠えるでない」
行者の勢いを威圧したのは鬼面武者であった。小札(こざね)重ねて威(おど)しで組んで勝って兜の緒を締める。大鎧が立派な武者だがその面は見れば見るほど寒気がするまさに見るも恐ろしい面だった。武者は威圧的に言い放つ。
「拙者はどの面にも見覚えはない。ここはどこだ」
「知れたこと」
左隣から聞こえてきた退屈そうな声の方へ首を振ると、こちらは真っ白な着物に真っ赤な袴。面の方は狐の狐巫女が面に手を当てて欠伸らしい仕草をしているようだった。
「どこぞろくでもないところよの。あいの見通しがほとんど効きはせぬ。放っておくとあいら諸共ろくでもないことになるでないかの」
遠くでまた雷じみた音がした。

「カカカ」
笑い声がしたようだ。え。というか私の口から漏れているように聞こえる。
「何やら面白い事態に巻き込まれたらしいな」
いや、自分の口から意図しない言葉が勝手に漏れ出ているのは面白い事態ではないです。状況を説明してもらおうか。
「誰か状況を説明できるものは居るか」
私の口が意図せず発した言葉に化面忍者は首を揺すって見せ、狗面行者と鬼面武者はだんまりを決め込んでいる。
「あいにはなんとなくわからんでもないがの」
孤巫女がひらひらと袖を振った。かわいい。
「あいらは互いに面識が無い。素性も知れず、ここがどこだかわかる者もおらぬの。」
ぐるりとあたりを見回す狐巫女の様子にそれぞれの面が黙って肯定を示しているようだった。
「そうするとだの。あいらはたわむれに呼びあつめられたのではないかの」
「誰が」「何のために」
私の口と鬼面武者がほぼ同時に言葉を発した。コココと笑う狐巫女の袖は倒れている少女を指し示した。
「呼んだのはこれだの。目的はあいらにこれをどうするか決めさせるためでないかの」
また袖をひらひらとやりだす。
「しかしですねぇ。手前にはこの子供のことなど一つもわからないのですがねぇ。あるいは」
化面忍者は抜かりなく一歩下がりながら物騒な言葉を発した。
「手前どもの衣装それぞれを見比べていると、闘い合えとでも言われているかのような気分にもなってきますがねぇ」
待て待て。あんたと武者はそうだろうが、私と巫女と行者はどうなんだ。なんだか理論成分が不足気味で言い分が口車じみてるぞ。
「貴公と鬼面殿はそのような出で立ちだが、狐面や狗面それに私などはどうなのだ」
「ほう……拙者鬼面を被っておるのか。しかし仮面の。其処許(そこもと)の出で立ちは某(それがし)とさして変わらぬぞ」
は?なんて?仮面?仮面なのか私?そうすると私の出で立ちというのは。改めて自分の手の平を見つめてみる。革製の手袋で覆われているようだった。握ってみる。金属の擦れ合う音がした。指の関節それぞれが金属片で覆われているようだ。裏返してみる。明らかに鉄の西洋風の籠手だった。ガントレットとか言われる奴だ。
「騎士甲冑に身を包んだ其処許が言えた口ではなかろう」
腕を組んで顎で私を指し示す鬼面武者のキキキという声に隣で狗面行者がクククとつられた。怒気をあらわにした鬼面武者に睨みを利かせられ耳を垂れてしゅんとなる。
「どうあれ闘い合えなどという乱暴な話では、あいなどすぐにでも縊り殺されそうじゃの」
「ぬぅ。ではどうしてこの童子(わらし)の在り方を決める」
そもそもこの子は誰なんだ。私はおもむろに少女に近づき、うつ伏せの顔を覗き込んだ。息を呑んだ。

学生の頃に好意を寄せていた女の子だ。あまり話をする機会はなかったが良く遠くから眺めているのに気づかれて、微笑まれたりしていたたまれなくなった。最近になって、交通事故に遭ったというニュースを見たことを覚えている。瞳は開いていた。呼吸の音はしなかった。瞳が動いて私を捉えた。
「久しぶり」
心臓が止まるかと思った。何故ならそれは、私が最も恐れていた光景だったからだ。
「ひのこちゃん……」
「残念だけど、私はあの子じゃないよ」
少女は手をついて立ち上がった。私は後ずさった。ひのこちゃんは困ったように微笑んだ。あの時のように。化面忍者は背の、鬼面武者は腰の刀にそれぞれ手をかけたようだった。
「一つずつ。一つずつだよ」
化面忍者の姿がよくわからないものになって消えた。
「けび……じゃあね。意味わかんないもん。あなたはただの数合わせだったかな」
けび?何を言っているんだ?
「君は一体。いや、何をしようとしているんだ」
「私は夢。どうやって空に昇るかを考えているひのこの夢なの」
夢?ひのこちゃんの?これはじゃあ、私の夢ではないのか?そうこうしているうちに狗面行者の身体が消し飛び、続いて面だけとなった首も消えた。
「首じゃちょっと駄目かなぁ」
「……なるほど。拙者らそれぞれの面の「尾ひれ」に火をくべて試しているというところか」
油断なく身構えていた鬼面武者が青白い炎と化して燃え尽きた。
「鬼火。差し詰めあいは狐火というところかの」
言うが早いか狐巫女の姿も火に包まれて消えた。
「そうなると私はカビといったところになるのかな」
塵芥(ちりあくた)になって消え去れということなのだろうか。私が彼女のことを忘れてしまった。そうしてしまおうとしたように。
「言っておきますけどあの子はまだ消えないよ。これから消えてしまおうとしているのはあの子の残像」
ん。やっぱり花が一番かな。そう言って少女が私の仮面に手を添えた瞬間、遠雷の正体に思い当たった。

目を覚ました私は、窓を開けて音と光の正体を見定めた。煙草を一本咥えたまま、彼女が運び込まれたという病院に電話をかけることにした。数年来使っていない番号が生きているかどうかというような昨日までの悩みは、もはやどうでもよくなっていた。

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