合同授業 動物学Ⅱ

時津橋士

 今日は、かの有名な薬師丸善徳大学との合同授業。今回は動物学Ⅱだそうだ。指定されていた教室に入った。理科室のような匂いのする、そう広くない造りのその部屋には正方形の大きな机が三つあり、それぞれの机にはちょうど二人と一人が向かい合う形で椅子が備え付けられてあった。なんだ、もうこんなに集まっていたのか。数えてみると俺を含めて九人だった。同じ大学のやつは、いない。俺だけか。なんだ、知的好奇心の薄い奴らめ。集まっていた学生は皆、薬師丸善徳大学指定の制服を身にまとっていたから、俺の存在はいくらか浮いているように思われた。ふと、授業の内容が気になり、一人の男子学生に声をかけた。
「おはようございます。動物学Ⅱと言うのはどんな授業かご存知ですか」
振り向いた学生の眉の太いこと!
「そんなことも知らんのか。動物学Ⅱで扱うのは主として魚類である。今日は特にその蘇生法について学ぶのである」
軍人みたいな喋り方。面白い奴だな。
「そうでしたか。ちっとも存じませんでした。ご丁寧にどうも」
魚類の蘇生法? 魚を生き返らせるってどうやるんだろうか? 電気ショックでも与えるのだろうか? そんなことを考えていると教室の戸が勢いよく開けられた。
「皆さん。おはようございます。おや、もう全員揃ってますね。じゃあちょっと早いけど席についてください」
三十代と思われる綺麗な女性教員。俺はてっきり恰幅の良い老人が来るのだろうと思っていたからこれは嬉しい誤算だった。席につかなくては。俺はとっさに近くの席に腰掛けた。同じ机、向かいの席には大柄の女子学生と小柄で華奢な女子学生が座っていた。今日はついているようだ。学生が皆腰を下ろしたのを見計らって女性教員が口を開いた。
「改めまして、皆さん、おはようございます。動物学Ⅱを担当する秋川メイシです。今日は一人だけ外部から授業に参加してくれている学生さんがいます。時間もあることだし、一人ずつ自自己紹介でもしてもらおうかな」
メイシさんの目が俺を捕らえる。なんだ、俺からか? ふと見渡すと学生の視線も残らず俺に注がれていた。俺は仕方なく立ち上がり、無難な自己紹介を済ませた。
「うん。なるほどなるほど。わかりました」
メイシさんの声は柔らかい。
「じゃあ、うちの大学の番だね、彼と同じ机の二人からいいかな」
正面の席に目を戻す。大柄な方が立ち上がった。二メートルはあろう。
「ロロッロです。よろしく」
意外にも女性らしい声だ、などと言う思いは瞬時に俺の頭から消え去った。なんだ? ロロッロ? それは名前か?
「はーい、ロロちゃんありがとう」
名前らしい。大柄ロロッロは再び席に着き、今度は小柄な方が立ち上がった。
「みみみです! よろしく!」
こいつもか。その後の自己紹介でも不可思議な名前が続いた。俺たちの隣の机には、つばの大きな麦わら帽子をかぶった奴、アフロの奴、そしてさっきの太眉。三人の男子学生がいた。麦わらの名はズズラスミ、アフロの名はタケチヨ、太眉の名前はヲと言うそうだ。もはや俺は驚かなかった。最後の机には全く同じ顔と背格好の男子学生が三人いた。みんなササダと言うらしい。三つ子ではなく赤の他人だそうだ。この辺りで俺は眩暈がした。
「はい、みんなありがとう。じゃあ早速だけど動物学Ⅱ、魚類蘇生法の授業を始めます。みんな授業の標語は何だったかな?」
メイシさんがそう言い終わるが早いか、太眉のヲが立ち上がりながら叫んだ。
「実践あるのみであります!」
やっぱり面白い奴だ。
「そうでしたね。じゃあ、簡単に今日の実践課題を説明しますね。これから一つの机に一匹ずつ死んじゃったお魚を配りますから」
そう言ったメイシさんは教卓の影から一抱えもある水の満ちたアクリル水槽を取り出し、教卓の上と乗せた。
「それを机ごとにうまく工夫して、生き返らせて、この水槽の中を泳がせてあげてください。できたところから前に出てきてくださいね。では始めてください!」
説明は終わりか? どうしろと言うのだ! 机に目を向けると、嗚呼、生の秋刀魚。メイシさんに目を向ける。彼女は笑顔で俺たちを眺めていた。これのどこが授業なのだ! 
「私、思いついた! ロロ、直ぐ戻ってくるから。」
小柄な方、みみみが突如としてそう叫び、教室から駆け出して行ってしまった。机上の生魚を残して。その後、ロロッロも腕組みをして考え込んでいたが、不敵な笑みを一瞬だけ浮かべ、教室を出て行ってしまった。三匹の秋刀魚と共に俺は孤独に陥った。
「先生! 早速できました!」
そう言って教卓に進み出たのは三人のササダだった。彼らは三人並んで水槽の前に立った。中央のササダの手には紐でひとまとめにされた秋刀魚があった。一匹は赤、一匹は白、一匹は緑に塗られていた。
「情熱の国、イタリイの塗装を施しました。さあ、行け!」
三匹の秋刀魚が括られたままで水槽の中に落とされた。秋刀魚は悲しく水槽に沈んだまま、いつまで待ってもピクリとも動くことは無かった。
「残念ながら、落第ね」
メイシさんが呟くと、彼らは涙をこぼして互いに支えあうようにして教室を出て行った。
「あれでは話にもならんであります!」
来た! 太眉! いや、ヲだったか。そんなことはどうでもいい、こいつらはどうするんだ。
ヲとズズラスミとタケチヨ、いや、太眉と麦わら帽子とアフロは右手にしっかりと秋刀魚を握りしめ、背筋を不自然なほど一直線にすると、軍隊のような歩行で教卓へと向かった。
「生きとし生けるもの、これ皆我らの血肉となるものなり!」
三人が声を合わせて叫んだ。俺の高揚はいよいよ最高潮に達した。秋刀魚に齧り付いた! それも頭から。秋刀魚の姿がどんどんと三人の口の中へと消えて行く。さながら秋刀魚が自ら彼の口の中へと泳いで行くようである。俺はこの時初めて、秋刀魚に生を見つけられそうであった。とうとう尻尾が口、いや、腹の中へと納まった。三人同時にだ。もっとも、アフロだけは今にも秋刀魚を吐き出しそうな表情であった。
「これで、我らと秋刀魚は融合したのであります! アーメン!」
彼らはそのまま水槽へと飛び込んだ。やっぱりこいつは面白い! これはどうだ。教室の空気が薄い硝子膜のように張り詰めた。
「残念だけど、あなた達も落第ね」
硝子膜が、ちゃちな音を立てて破られた。タケチヨは濡れた制服を着たまま大急ぎで出て行った。それを追うようにズズラスミも出て行った。水槽には呆然となったヲだけが残された。
「今のはもう少しでしたけどね、どうでしょう、あなたたち、出来そう?」
何? そうか、俺たちの番だ、とはいえ、みみみとロロッロは帰ってこない。俺はただ目をと口を呆然と開けたまま水槽に入っているヲの顔を見ていることしかできなかった。
「先生! お待たせしました!」
みみみとロロッロが帰って来た。良かった。いや、ロロッロは何を抱えている?
「ほら、あなたも一緒にやりましょ」
そう言うみみみの後ろでロロッロが抱えていた物を下ろして座り込んだ。見ると馬鹿にでかいすり鉢だ。みみみは秋刀魚を三匹、すり鉢の中へ投げ込んだ。ロロッロが大きなすりこぎを俺に渡した。
 やぶれかぶれだ! 俺はあらん限りの力でもって秋刀魚をすり潰した。考えるな! みみみとロロッロはすり鉢の周りでしきりに「小さい卵! 小さい卵!」と歌いながら不気味なダンスを披露していた。やがて、ミンチが完成した。もう後のことは分かっていた。三人でそのミンチを口に入れ、咀嚼! 咀嚼! 咀嚼! それを水槽に勢いよく吹きだす!
 後のことはもう分かるだろう。水槽の中を小魚が元気に泳ぎ回り、太眉は慌てふためき、メイシさんは歓喜した。当然、我々は動物学Ⅱで優等の成績をもらうことになった。

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