みみみの話

堀口ももも

 人知れず険しい岩山に小人が暮らしいた。三つの耳を持つ小人。通称みみみ族である。
 三つの目を持つ者は、神やら何やらに確認はされていないが認識はされている。小人も同様である。しかしみみみは、どこからも、誰からも認識も確認もされずにただただ人目を偲ぶように、そこにいた。元々、人界は元より、他の種族、生き物とも関わりの薄い土地に暮らしている小人である。また、世界に影響を与えるような特異な力を有しているわけでもない。姿形は人に近い。ただ、第三の耳が、頭頂にある。パラボラアンテナの様に、空からの音を総て集めて受け止める様な耳があるのだ。生まれたてのほんの小さな小さなころではみみみの耳はまだ小さなイボの様で体の成長のよりも早く頭をすっぽりと覆うほどまで大きくなる。それがみみみの成人。大人になったとみられる。
 そうなあるとほとんどのみみみは旅に出る。
 強制されるわけでもない。決まりがあるわけでもない。ただ、何とは無しにその頃合いに旅に出るのだ。
 ある一人のみみみがこの日旅に出かける。
 見送りがあるわけでもなく、かといって無関心であるわけでもなく、自然の、日々の暮らしのその一環のひとコマとして旅に出かけたのであった。
 大人のみみみは知っている。旅に出る理由を。誰に教わることもなく、みみみという種族に存在する不文律なのだ。みみみは新天地を求めるのだ。そして、半数はここに戻る。ここで細々とみみみを繋ぐものがあるのだ。
 ここを、一族を離れたところで他にみみみ族があるとは思えない。それでも若きみみみは旅をする。岩だらけ、石だらけの起伏と荒野を抜け、その先に見えた肥沃な森を目指した。
 静寂に包まれているといわれている森ではあったが、三つの耳のみみみにとって、上から右から左から前から後ろから、挙句下からも、ある意味爆音で満たされていた。みみみが旅をする理由がここにある。
 みみみにとって、この世はうるさいのだ。岩山に生まれ、成長前の耳のみみみであるならば、そこで感じる音はそこまでではない。頭の耳が、いよいよ大きくなってくるとそこで拾う音が大きすぎる。うるさすぎるのだ。安住の地を求め、旅に出るのだ。だが、戻る大半のみみみは、生まれ故郷以上の世界が見つからないのである。戻るその他のみみみは、耳を潰し、結局やはり生まれ故郷から離れた最大の理由がなくなり、それならと戻ってきたりと、つまりはそういうことなのだ。
 それでもみみみは旅に出る。まだ見ぬ、いや、未だ出会えぬ静かなる安住の土地を求めて。
 かくしてみみみは激烈なる音の中を彷徨い、疲れ果てていた。二重三重に耳を塞いではいるものの、塞いだそこの奥だけではなく頭頂の耳全体が世の中に溢れる全ての音を拾おうとする。耳に受けた音が、穴を塞いでもみみみの耳には入ってくるのだ。漏れる、受ける音に悩まされ続ける。
 それならせめて、耳障りの良い、心地よい音に包まれていたいのだ。しかしその願いも虚しく、この世はみみみにとっては、どこもかしこもうるさすぎるのだ。その音量自体が、既にみみみの心地よさや安寧を上回っている。
 既に諦めて久しく、彷徨い迷い徘徊しているとどこからともなく静かな、いや、音である以上静かではないのだが、それでも爆音の合間をかいくぐって、静かで心地よい、音楽の様な調べがみみみの耳に入ってきた。
 その静かなる心地の良い調べを求めて進むと、故郷の岩山の洞窟を彷彿とさせる洞穴に辿り着いた。どうやらその奥から聞こえてくる様だ。奥へと進むと真っ暗であった。しかし、どんどん落ち着いた、静かなる調べにだけつつまれたなんとも心地の良い方に行くと、奥に奥に、洞窟の中へと吸い込まれていけるのであった。何も見えないが、向かうべき方向を見失うことはなかった。
 いつしか爆音は無くなり、その音楽だけが静かに残る場所にたどり着いた。静かだ。静かではあるが、おそらくだが激音に近い音量である音楽が響き渡っているであろうが、心地よいものだけがみみみの耳に届くのみであった。
 その空間の一角に白いなにかが見えた。ほんのりと光をたたえているのであった。白いキノコが密集して生えている様だ。わずかだが、光っているらしい。もしくは、わずかな光を集めているのかもしれない。円の縁を描くようにキノコが生えてるそこは、さらに奥がありそうだった。みみみはきのこをかき分けるように、その奥へと入り込んで行った。
 空間全体が白いキノコに覆われている、洞窟の最深部とは思えないぽっかりとした明るい空間に出た。明るさよりも、なによりも、みみみが生まれて初めて自覚した、静かで心地の良い空間であった。
 その中央というか、奥というかの所に、ひとりのみみみが座っていた。
 洞穴最深部の空間。真っ暗ではなく、炎の燃える音もない。ただ静かに、ぽんわりと明るく光っているのだ。発光体の音もなく、みみみの足音もない。踏み締めるとキノコが揺れてほんのり光り、足音を包み込んで吸収するようだ。気がつくと、みみみの足元はすべてキノコに包まれたその上を歩いていた。そこは奥で佇むもう一人にみみみ以外、全てキノコに覆われていた。
 心地よい良い音と、そのほんわりとしたほのかな光りは、白い肉厚のキノコから発しられているようであった。
「……あの」
 言葉を発した。鎮座したみみみはゆっくりと振り返った。どこかほっとしたような、それでいてはにかんだような、いくつかの感情が入り乱れた複雑な表情を見せてた。
「来て、くれましたか」
 どうやら拒絶はされていない。この空間でたった一人、いったい何なのだろうか。ただ、この言葉に、どこか自分を待っていてくれたようなものを感じはした。
「静か……ですね」
「音に満たされていますよ」
 からからと笑いながら、微かに耳に届くくらいの声量で応えてくれた。そうだ、ここは心地よい音楽は流れ続けていて、あふれているのだ。ただ、他所に比べて余りにも静かで、心が安らぐ音量であり、音楽に包まれているのだ。
「ここは安住の地なのでしょうか?」
 少しの間。困ったようでもあった。
「さあ、どうでしょう」
 そのまま続けた。
「ここにたどりついてしまうと、もう外の、ここから出た他所の爆音には戻れないですよね」
 その通りだった。ここから先、どこにも行きようがないのだ。安住かもしれないが、どん詰まりである。
「ここで、僕のようなみみみが訪れるのを待っていたのですか?」
 出来るだけ静かに問いかけると、そうだ、と言わんばかりに頷いた。先のない、そしてここが安住の地。そういうことなのだろうか。しかし他にみみみはいない。いるのはただ一人である。
「それでは後をよろしくお願いします」
 え? と聞き返す間も無く、そのみみみは頭頂の耳を大きく広げて自らを包み込んでしまった。
「どういうことですか?」
 今まさに耳に包まれようとしているみみみに問うた。
「私はここでキノコになります」
 キノコ? と脳が反芻している間に目の前のみみみは頭頂の耳を笠に見立てて、そして体を軸にして、足を岩盤に据え、キノコになった。みみみを囲うほんのりとした明るさと心地よい音楽を奏でる、真っ白い肉厚の一つになった。
 ここはみみみの、たった一人のみみみのための安住の地なのだ。たどり着いたらここで静かに安寧を堪能する。次のみみみが来るまでは。
 そう思っていたが、どうやら違っていたようだ。
静かな空間と感じたこの地も、しばらくすると轟音の溢れる場所となった。慣れてしまうのだ。それでも、まだそれは耳に届いて我慢の出来る全音域を満たしつつ心地よいテンポとリズムの、許せる轟音であった。
 それを上回る、激音で異質な音が響いてきた。ああ、これには耐えられない。もちろん、僕も。
 近づく激音は、それを上回る叫びにも感じる声をさらに発してきた。
「……あの」
「来て、くれましたか」
 この音量にはもう耐えられない。だからキノコに。この地を成す、一部になるのだ、と。

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