一周忌

ぱっさろーら

一. 市松人形
 それほど雪の降らない暖かな冬が終わる頃、私は祖母の一周忌の為に実家へと帰ってきた。葬式と四十九日の法要には仕事の都合が付かず来られなかった夫と、六歳になる娘の美代も一緒になっての帰省だ。
 助手席で寝息を立てている美代を揺り起こして車から降りると、私たちは到着を知らせに父と母が暮らす母屋へと向かった。この和洋折衷な造りの母屋は後になって建てられたもので、すぐ隣には長い間祖母が一人暮らしていた平屋がある。この離れにあたる水回りのない日本家屋には今ではもう誰も暮らしていない。
 
 母屋での夕食を済ませた私と美代は、父の晩酌に付き合わされている夫を残して寝床となる離れの座敷へと一足先に引き上げた。あらかじめ母が掃除機をかけてくれていた為、部屋は思いのほか綺麗になっている。石油ストーブに火を入れて私が布団を敷いていると、美代は家の中を見て回りたいと言い出した。
 美代は私を置き去りにして床の間や仏壇を見て回った後、ドタドタと畳を踏み鳴らして祖母の寝室だった部屋へと入っていったが、そこで随分と静かになった。何か珍しいものでも見つけたかしらと思案しつつ、私も仏間からの明かりが差し込む薄暗い部屋へと入っていくと、美代は部屋の真ん中辺りで放心したように棒立ちになっている。部屋の奥にある古びた箪笥の方を見つめているようだ。私もそちらへと目をやると箪笥の上にはガラスケースが置かれていて、その内からちょこんと据えられた人形が不気味な笑みを浮かべて私と美代とを見つめていた。
 私が人形に射すくめられていると、静寂を破るようにして美代が私の方へと飛び掛かってきた。私の服を伸びてしまうくらいに強く掴んで引っ張り、顔をそこに押し付けると鼻をすんすん鳴らす。あの人形がよほど怖かったようだ。私が部屋の照明を点けると、不気味な人形にも彩りが蘇った。お河童頭に赤い花柄の着物を着飾った市松人形は傷みが目立ち色褪せてはいるものの、見ようによっては可愛らしいと言えなくもない。
「美代ちゃん、実はあのお人形さんね、美代ちゃんとおんなじ名前なんだよ」
美代は私の言葉を聴いて怪訝な表情をする。
「あのお人形もミヨって名前なの?」
 私は美代に話しかけながら、自分が美代と同じ歳だった頃を思い出していた。あの市松人形は祖母が私の機嫌をとる為によく手にとっていたものだ。人形に付けられた美代子という名前は、祖母の何人かいる姉の内の一人のものであること。その姉はとても綺麗な人で、祖母にとても優しくしてくれたけれども病で早くに亡くなってしまったと祖母が話していたことなどが次々に思い出される。夫が生まれてくる娘の名前を美代にしたいと私に言ったとき、どこか懐かしい感じがした理由が今になってはっきりとした。
「お母さん、わたしあの人形きらい。かわいくないし、なんか怖いもん」
美代が小さかった頃の私とそっくりの反応をするので、私は可笑しくなってしまった。

二. 雉猫
 寺での法要と墓参りを終えて親族の男たちが料亭での昼食に向かうところを、私と美代は実家へと戻ってきた。
 私が夫の車を運転して実家の庭先まで戻ると、そこには焦げ茶と黒の縞模様をした大きな猫が寝そべっていて、こちらをじっと睨んでいた。猫を目にしてしゃぐ美代に構わず車を猫の陣取る庭先へと進めると、猫は心底面倒くさそうに立ち上がり、のそのそと離れの裏手へと歩き去った。
 車を停めるなり、美代は離れの裏手へと駆けていったが、私が後部座席からバッグを取り出しているうちに美代はとぼとぼとこちらへと戻ってきた。
「おかあさん、ネコどっかいっちゃった……」
「おばあちゃんは猫さんと仲良しだから、おばあちゃんにどうしたら猫さんが戻ってきてくれるか教えてもらっておいで」
「お母さんはあのネコのこと知らないの?」
「知っているけれど私には全然懐いてくれないの。さ、おばあちゃんのところへ行っておいで」
私がそう言うと、美代は頷いて母屋の方へと駆けて行った。

「みいちゃん、どこだー」
 離れで着替えを済ませ外へ出ると、美代は母に持たされたキャットフードの入った園芸用の受け皿を片手に、家の敷地をあちこち回っているところだった。
「やっぱり見慣れない人がいると警戒しちゃうのかしらねぇ」
やってきた母は、もっともらしい推測を私に聞かせる。
「みいちゃんもいい歳だから最近は随分と元気がなくなっちゃって。最近は見かけない日も多くなって、いつの間にか戻ってきてたんだねえ」
「そうなの? 私が家を出た頃には如何にもボス猫っていう貫禄があったんだけどなあ」
「そりゃあ、あんたが小学校に通ってる頃から居るからねえ。あの頃はまだうちの婆さんもボケてなくて元気だったよ」
 猫は人間の六倍のスピードで歳を取ると母は言う。祖母がエサをあげたばかりに住み着いてしまったドラ猫のみいも、いつの間にか祖母が亡くなったのと同じくらいの歳になっていたようだ。そういえば猫は死に際を飼い主に見せないとどこかで聞いたことがある。ひょっとするとあの猫は祖母の一周忌に最後のお別れをしに来たのではないか、などと私は考えてしまった。

三. 蜜柑の木
 決して広くないこの家の庭も、兄とその友人には立派な野球のグラウンドだった。私が離れの縁側にちょこんと座って日向ぼっこをする目の前で、兄と隣の家に住む兄の友人はゴム製の小さなボールとプラスチックバットで野球をしたものだった。打ち返した打球が高さのてんでバラバラな生垣のフェンスを越えればホームランというわけだ。
 或る日こんなことがあった。いつものように兄と友人が野球に興じていると、兄の打った打球が縁側に座る私の頭に直撃したのだ。柔らかいゴムボールといえど私はびっくりしてしまい、大声をあげて泣き出してしまった。
 しばらくすると騒ぎを聞きつけて祖母がやってきた。祖母は私が怪我をしていないことを確認すると兄と友人をこっぴどく叱った。雷を落とされて泣きべそ顔の兄は渋々、友人の方は心底申し訳なさそうにして私に謝る。祖母はその様子を見届けると、生垣の一画に植えられた蜜柑の木から実を幾つかもぎ取ってきて私たち三人に手渡し、仲良くみんなでお食べと優しく言ったのだった。

 東京の自宅へと帰る日の朝になった。私と美代が夫の出かける準備が整うのを待って離れの縁側に腰かけていると、隣の家からゴムボールが飛んできて、庭先に停めてあったミニバンのフロントガラスに直撃した。美代は食べかけの蜜柑を放り出して、早速文字通り飛んでやってきたおもちゃを拾いに駆け出した。私はフロントガラスの様子を確かめるが、幸いどこにも異常は見て取れなかった。
 しばらくすると、隣の家から美代より少し歳上と見える男の子が二人、なんだかいつもと様子が違うといった感じでおずおずと庭の入り口までやってきた。二人がどうしたものかと立ちすくんでいると、母屋の方から土産物を抱えた夫と見送り出てきた両親が出てきた。ますます困った様子の二人を見かねて私は、夫と両親からは見えない位置にいる美代の方へと歩み寄って「お兄ちゃん達にボールを返してあげよう?」と優しく耳打ちをする。美代は素直にうんと頷いたものの、少しの間手元のゴムボールを見つめた後、力いっぱいボールを蜜柑の木の方へと投げつけた。ボールは蜜柑の木の子供の手には届きそうもない高さのところへと引っかかってしまい落ちてこない。私は美代の頭をぽんぽんと叩いた後、呆然とその様子を眺めていた男の子二人の方へと向かい、ガウンのポケットから蜜柑を二つ取り出して二人に手渡す。
「ボールを返してあげられなくてごめんね。でも今度からは遊ぶ前に、こっち側のことを確認しないとダメよ」
二人は俯きながらはいと答えると、自分たちの家へと急ぎ足で戻っていった。私たちが帰った後、あのゴムボールはこっそりと回収されることだろう。

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