魔法薬師とはじめてのおつかい

機械式華憐小説集団

 商業都市の片隅に薬屋を開いてしばらくが経った。幼少から培ってきた魔法を活かした商品は評判も良く、一般客に加え、近頃増えつつある「異世界からの転移者」とも交流が増えた。「転移」という現象に興味も沸くが、しかし変わり者が多い印象もあり積極的に関わりを持とうとも思わなかった。その偏見を抱くに至った元凶とも言える女がいる。彼女が俺の店を訪ねてきたのは昼過ぎのことだった。
「おじゃまー」
 毎度軽い足取りで入店してくるこの常連は、特になにを買うでもなく、ただ品定めするかのように店内をうろつきながらにやついている。彼女の名はリナリア。何度目かの来店で唐突に名乗られたそれが本名かどうかは怪しい。
「コリウス、私が来たのよ。いつまで本を読んでいるのよ」
 やはり商品を手に取ることもなくカウンターの前にやってきて、リナリアは不躾に、俺を見下ろして言った。
「私の世界ではね、お客様は神様なの。分かる? 神様」
 本は開いたまま、少し思案した。以前にも何度か話したことがあったが、神様という存在は俺の世界にもある。彼女の世界では信仰の対象とされることが多いようで、俺の世界での神様は管理者といったところ。魔法を使う際には元素を司る神様を頼るが、それがどうして客と繋がるのか。
「少なくとも君は客ではないだろう」
 そこでようやく本を閉じた。いつの間にかカウンター前にしゃがむリナリアに上目遣いで覗き込まれる。勝手気ままな振舞いは目に余るが、見てくれはいいので、困る。そう思ったのも束の間、拳を突き出され、そのまま人差し指で俺の額を弾いた。本当にもうわけが分からない。
「なぜデコピン」
「そう、デコピン。よく覚えていたわね」
「まあ、額を表すデコに擬音が混じった言葉が不思議で」
 彼女との対話が退屈かというとそうでもない。世界の違いというのはやはり面白くもある。
 その一つが言語だ。なぜか転移者のほとんどがこの世界の公用語を理解している。文字も同様だ。それでも、転移者の中でも発音の違いや、認識されていない言葉もある。その例がさきほどのデコピンだ。特にリナリアはあえて俺が知らない言葉を多用している節があり、会話に飽きないのも事実。だが、デコピンをした理由を述べることもなく、後ろ手で店内を闊歩する姿はやはり憎たらしい。
「で、うちの治療薬を必要としない程度にお強い冒険者のリナリアさんがなんの用で」
 くるりと振り返ったリリアナは、手に持った薬瓶を光に透かすように掲げ、その向こうを見るような遠い目をした。
「冷やかし」
「ひや、かし?」
 今までにない態度に動揺し、つい意味もなく復唱した。
 ひや。以前に彼女が来店早々の開口一番に「おひや」を出せと騒いだことがあった。冷水という意味だという。かし。菓子のことだろうか。冷水と菓子。また要求か。しかし彼女の表情とは相容れない。そもそも一語で意味を成す言葉かもしれない。そうこう思い悩んでいるうちに、リナリアが再び眼前に立ち、彼女は窓を指差した。
「そんなことより、お客さん」
 窓枠からはみ出る青い頭髪が見えた。ゆっくりと頭が上がってくると、見覚えのある少女と目が合った。少女は再び引っ込み、尻尾のように飛び出た癖毛が風に揺れている。
「アホ毛かわいいなぁ」
 謎の言葉を残し、リナリアは軽やかに外へ出ていった。
「いらっしゃーい!」
 お前の店ではないだろと小声でぼやきながらも、笑って少女を迎え入れた。雑貨屋を営む若い夫婦の娘さんだ。身体の弱い弟のため薬を買いに来ることがあったが、いつもは母親の影に隠れている。名前は確かスミレといった。
「いらっしゃい。今日は一人?」
 こくりと頷いた。入ってすぐのとこで立ち止まるスミレの背をぐいぐいと押して連れてきたリナリアは、そのまま悠然とカウンター裏に回って当然のように俺の隣に立った。
「お兄ちゃん、ケッコンしちゃったの?」
 スミレは俺たちを交互に見て小首を傾げた。間髪入れずにリナリアが反論するかと思えば不敵に笑うだけ。この女、俺の返答を楽しむつもりだ。
「まだだよ」
 ドン、と背中を叩かれた。苦悶の表情をスミレに見られないよう顔を背け、再び窓に目がいった。スミレと同じ青髪の女性がこちらを心配そうに見つめている。彼女の母親だ。これだけでもう、察するところがある。
「それで、今日はどうしたのかな」
 聞くまでもなく喉薬を渡せばそれで解決なのだが、せっかくの試練だ。彼女の成長を見守ろうと決めた。リナリアも状況を理解したようで、しかし妙に嬉しそうだ。「初めてのお使いだ!」と声を押し殺しながらも漏れ出る息は荒い。
「あのね、あの、おくすりくださいっ!」
 深々と頭をさげるスミレを見て、微笑ましいなと思ってしまったが、それだけ彼女は必死なのだ。弟さんは決して命の危機に瀕しているわけではないのだが、和んでしまったことを内心で謝りながら、問い掛けた。
「なんて薬か分かるかな」
 スミレはぽかんと口を開けて数刻、くるりと踵をかえしてとてとてと戸棚へ向かった。すぐに小瓶を手に取り、大事そうに両手で包んで持ってきた。正解だ。
「これくださいっ」
 改めて深々と頭をさげられる。よく分かったねと聞けば、両親が不在のときはいつもスミレが薬を与えているとのこと。隣で嗚咽を漏らすリナリアだが、この時ばかりは同じ気持ちだ。慈愛に満ちた少女の頭を撫でた。
「さすがお姉ちゃん、偉いね」
 ふるふると首を振るスミレは、それでもどこか嬉しそうだった。丸い頬を赤らめ、俯いてしまう。
「弟さん、よくなるといいわね」
 リナリアには何度かスミレたちの話をしていたので、大病を患っているわけではないことは分かっている。本心から出た何気ない言葉だったのだろうが、スミレの顔に影が差した。お返しとばかりに、俺はリナリアを小突いた。
 高度な魔法で効き目の強い薬を作っても、治癒とは別の作用をもたらすことがある。特に子供となればなおさらで、精神が耐え得る許容限界が低い。リナリアも似たようなことを話していたが、自然治癒に近い形が望ましいのだ。それでも何か、言葉以外に彼女を安心させることはできないものだろうか。辺りを見渡し、ふと作業場が目についた。
「ちょっとだけ待っててね」
 スミレに声をかけて、すぐ後ろの作業場に入る。白い薬包紙を数枚取って、カウンターに手をかけてこちらを覗きこむスミレの元へ戻った。
 怪訝な表情のリナリアはさておき、重ねたままの薬包紙を両掌に乗せ、魔力を込める。上面の一枚が光を纏って宙に浮き、三角形に折れ、また折れて、時折開いては、潰れるように折れる。そうして出来上がったのは一羽の鳥。一枚、また一枚と、正方形だった薬包紙は鳥の形を成して羽ばたいていく。と、客観的に見ていたけれど、操っているのは俺の魔法。魔法学校にいた頃に流行った遊びだ。
「あら、折り鶴じゃない。魔法の神業、ならぬ紙技ね」
 一羽を手に取って目を細めるリナリアの言うことはやはりよく分からないが、楽しんでいるようなので良しとする。
「ルツって言うんだが、そっちじゃオリヅルって呼ぶのか」
 純白の鳥ルツは、免疫力が高く長寿の生き物だ。見た目の美しさもあり、絵画に描かれる癒しの女神は必ずルツを従えている。古くから、俺たち薬師のような医療に従事する者には縁起が良いとされている生物だ。リナリアの世界にも似たような存在がいるそうで、紙で千羽も折っては、見舞品として病床の近くに吊るすらしい。手作業だろうに。
 スミレは飛び交うルツに合わせて楽しげに、くるくると両手を広げ回っている。その向こう、窓辺に佇むスミレの母親に頭を下げられ、こちらも笑って会釈を返す。 
「込めた魔力に、このルツに癒しの力がなくても、そうやって笑って帰ってくれれば、弟さんも元気になるよ」
 スミレに満開の笑顔を向けられ、くさい台詞に我ながら照れてしまう。恐る恐るリナリアの方を向くと。
「作った側の努力とか、込めた想いとか、それよりも、貰った人が喜んでくれるかどうか、それが一番よね」
 珍しく真面目な調子の彼女に目を丸くしていると、手に持ったルツのくちばしでつつかれた。焦点の合わないリナリアの頬は、それでも分かる程度に、ルツの白さに反して紅潮していた。

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