神々のゲーム

nameless権兵衛

 三次元世界における自然の力は実に暴力的だ。我が仮初めの身体は唸りを上げて襲い来る風に弄ばれ、夜の空を堕ちていく。
 分厚い雲の層を抜けると視界が開けたので、我は重力の干渉を断ち切り、空の一点から眼下に広がる大地へと目を向ける。闇の中に煌々と輝く灯は、霊力の光ではなく電力の光。どうやらこの文明は物質的な発展を遂げたようだ。
 時間軸が固定されている三次元世界では、恒星の公転周期をもとに暦を定めている。この星を巡るゲームに敗れて以来訪れることもなかったが、文明が成熟するには十分な「時」が過ぎたであろう。我々が文明の基礎を授けた原始的な種族「人間」は、いかなる成長を遂げたであろうか。
 もともとこの辺境の惑星ガイアはネフレ・ベルカ(地竜族)の植民惑星であった。しかし対立するネイズ・ミアーヌ(水霊魔族)の流星攻撃により、原生種族は絶滅。その後の環境激変を生き延びた哺乳種族が、水準以上の知的レベルに達すると見込まれ、彼らを導く神が必要とされた。
 神。それは原始的な知的生命体に文明を授け、平和と発展に導く役割を担う高次元存在の呼称。これまで無秩序な発展により幾多の種族が自滅の道を辿っており、宇宙でも貴重な知的生命を保護するため、我々高次元存在が導き手となる必要があった。無論、神となったものにもメリットはある。自らが導いた種族の信仰は我々高次元存在の活力となり、霊的素質を高める要因となる。それが自らの霊的属性に近いものからの信仰であれば、なお力は増す。
 本来その星の管理権を有するものが神となるべきだが、地竜族を退けた水霊魔族は、霊的進化の見込みが少ない種族であることを理由に神格権の譲渡を決定。これはいずこの神にも属していないフリーの高次元存在に知れ渡ることとなった。
 水霊魔族が譲渡の見返りに示した対価は妥当なものであったが、誰に譲渡するかについては、争い好きな魔族らしく、いささか趣向じみていた。それは原始的な発展段階にある「人間」から、最も多くの信仰を集めた「宗教」を組織したものを勝者とするゲームであった。
 我は同じアグラ・マノン(火霊神族)である友「アフラ・マズダー」と共に、ガイアの一地域に居を構え、布教を開始した。まだ道徳や倫理観を備えぬ獣じみた人間達に、善と悪と言う単純でわかりやすい二元論と、大いなる力として火をを崇めるよう教えた。そして我々はザラスシュトラと言う若者を代表に選び、ペルシャと呼ばれる地域で一大勢力を確立するに至った。
 しかし我々には強大なライバルがいた。哺乳種族である人間と霊的素質が似ているトーキタス(天翼族)が、集団でガイアの支配権を獲得に来ていたのだ。彼らユダヤ神群との争いは激烈を極め、戦いは人間達のみならず、我々高次元存在との間でも繰り広げられたが、圧倒的に数で劣る我々は劣勢を強いられ、ついに敗れ去った。その後、我々は別の星系で新たなる種族の神となり、ゲームはヒンドゥー神群を退けたユダヤ神群が勝利を収めたと伝え聞いていた。
 
 南の空より高速で接近してくる高次元存在の気配がある。我の降臨を察知してか、ガイアの神が様子を見に来たのであろう。程なく輝く翼を持つ天翼族の若者が姿を現した。
「あ~、やっぱりアンラ・マンユさんだ、お久しぶりです~」
 何とも軽い感じのダイレクト・ヴォイスが頭の中に響き渡る。そこに敵対的な意思は感じ取れず、少なくとも外来の神を排除に来た様子は見受けられない。
「貴様は確か‥‥、ユダヤ神群のガブリエルであったか?一応申しておくが、我に争いの意思はない。少々この星の行く末が気になって、様子を見に来ただけであるぞ」
「僕だって火霊神族と戦うのは二度とごめんですよ。あなたのニルマーナ・カーヤ(高次元存在が低次元世界で実体化するための仮初めの肉体)に一体どれだけの仲間が倒されたと思ってるんですか~」
 どうやらガリラヤの地で行われた最後の決戦で、相当数の天翼族を屠ったことを根に持っているようだ。だがゲームの勝敗はすでについているのだ。いまさら遺恨もなかろう。
「それで人間達はどうなのだ。見たところ物質的に発展したようだが、高次元存在に至る霊的資質は育っているのか」
「う~ん、駄目っぽいです、彼等は次元の三要素をもって空間を認識する、三次元存在の枠を超えることはできないでしょう」
「‥‥そうか、それは残念だな。時間の三要素も認識できる我らと同じ六次元存在には至らぬか」
 もともと物的存在である彼らが霊的存在に進化を遂げる見込みは薄かったが、こればかりは種族としての適性や限界がある故、仕方のない話であろう。だが、予想外であったのは、ガブリエルの次なる言葉であった。
「と言うか実は僕達、この星の神じゃないんですよ」
 驚きを隠せぬまま理由を問うと、彼は待ってましたと言わんばかりに、嬉々として事情を語りだす。それによるとゲームの終盤、ユダヤ神群がヒンドゥー神群と最後の決戦を行っている頃、一度は退けられた地竜族が息を吹き返し、水霊魔族に逆襲をかけたらしい。そして深手を負った水霊魔族は、傷を癒すため本拠地であるルルイエに身を隠してしまったという。
「すると水霊魔族のクトゥルーは、貴様等に神格権を譲渡することなく眠りについてしまったのか」
「そうなんですよ~、おかげで人間達がいくら僕達を信仰しようと、何の力も得られないんですね」
「それでは神になる意義がなかろう。よく天翼族はここまで人間達を発展させたものだな」
「いや~、それがですね。実は僕達の間でも即時撤退を主張するユダヤ派と、無償でも人間達を導こうとするキリスト派と、水霊魔族の帰還を信じるイスラム派に分かれて色々揉めたんですけど、最終的に皆ガイアから撤退しちゃったんですよ」
「なんと、では人間達は我々高次元存在の導きなしに、独自で発展したと申すか」
「ええ、でもその分彼等は傲慢に増長しちゃって、このままだと自らのエゴを克服できず。遠からず自滅の道を辿っちゃうでしょうね」
 それが事実であるならば、なんとも嘆かわしい話である。我はてっきり天翼族に導かれた人間達が、繁栄を見せているものだとばかり思っていたのだ。この神に見放された星の民は、滅びの道を免れることはできないのであろうか。そこまで考えると、ふと目の前の若者に引っかかるものを感じた。
「ところで貴様は、なぜここにいるのだ。天翼族は撤退したのであろう?」
「あ~、僕は一応水霊魔族の干渉がないかを監視するという名目で残っているんですけど、本当は人間を観察するのが楽しくて志願したんです。面白いことに彼等は、僕達がいなくなった後も宗教を信じ続けているんですよ」
 にわかには信じ難い話に我は眉をひそめた。寿命の短い人間達にとって、我々が干渉していた時代は何世代も前のことであろう。神が不在であるというのに、いったい彼等は何をもって教義を信じているというのか。
「そこが面白い所で、彼等にとって神は実在の存在である必要はないんですよ。確かに同じ信仰を持つ者同士が共同体を形成する役には立っているんですが、時代が進むにつれ、次第に僕達が授けた教義を都合よく解釈し始め、不和や争いの原因にもなってるんですね。それと言うのも‥‥」
 一体何が楽しいのか、おしゃべりな若者はまるで面白いことのように話し続けるが、我は人間達に憐憫の情を覚え始めていた。
「‥‥ま~、今では形骸化してしまった感もありますけど、それでも神を信仰する習慣は人間達に残っているんですね。そうそう、実はあなた達のゾロアスター教も、細々ですが今も残っているんですよ。良かったら一緒に見に行きませんか?」
 思いもよらぬ話に我は改めて地上へ目を向け、そこに息づく人間達の暮らしを眺め、嘆息した。
 やれやれ、神の御業によって導かれるはずだった人間達よ。汝等の運命の何と数奇なことか。

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