犬映画つまみ食い

ぜろ

 子供の頃、実家で8年と少しの間犬を飼っていた。雌のコーギー犬で、名前は「らん」。6つ年上の姉が犬が欲しいと言い出して、私はなんとなく巻き込まれ、2人で母と祖母を説得したことを覚えている。ブリーダーのところから後に「らん」となるコーギーを選んだのも姉で、目の青い雄のコーギーとどっちにするかで迷ったそうだ。目の青いコーギーは、「らん」よりも2万円高かった。
 「らん」は穴の空いた段ボール箱に入れられてやってきた。2センチほどの丸い穴から湿った鼻が突き出ている。ちょっと触るとスッと引っ込んで、しばらくするとまた出てくる。これ以前にも犬に触ったことはあるはずなのだが、私の犬に関する一番古い記憶はこの「湿った鼻」である。まずはこの「湿った鼻」をスタート地点に、個人的に記憶にある犬に関する映画の話をしたい。

 「かようびのあさ めがさめると はなが つめたかった」という出だしの絵本がある。島田ゆかの『バムとケロのさむいあさ』(1996、文溪堂)である。しっかり者の犬の「バム」とやんちゃなカエルの「ケロ」の日常を描いた絵本だ。シリーズ3作目の『さむいあさ』は、タイトル通り寒い冬の朝から始まる。犬のバムがやや不機嫌な顔で自分の鼻に手(前足?)を当てている様子が最初のページに見開きで描かれている。
 そう、犬の鼻は冷たい。濡れているがゆえに、冬は特に冷たいのだ。もし鼻が乾いていたら、その犬は恐らく体調を崩している。病院に連れていってあげよう。幸いにも、火曜日のバムは鼻が濡れている。バムはアイボリー色の短い毛をした犬で、脚はやや短く、耳は黒くて細長い。ブルテリア犬である。調べればわかることだが実際のブルテリアは基本的には白と黒で、目はかなり小さい、愛嬌のある顔をしている。
 なぜ絵本の主人公にブルテリアが選ばれたのか理由はわからないが、あまりメジャーでない犬種なのは確かだろう。チワワやプードルが準じている、いわゆる「目が大きくて顔や体は小さい」という「カワイイ」の基準とも程遠い。それに、名前が「バム」である。「バム」。ダイナミックで若干間抜けな響きだ。「カワイイ」を狙って作られたキャラクターでないことは確かだろう。
 ブルテリアが出てくる絵本を私はこれ以外に知らないが、ブルテリアが登場する映画は知っている。ティム・バートンの『フランケンウィニー』は、ブルテリアの「スパーキー」と、その飼い主の少年ヴィクター・フランケンシュタインが主人公だ。タイトルから分かる通り、古典ホラー『フランケンシュタイン』を思い切りよくパロディした作品で、交通事故で死んでしまった愛犬を科学の力で生き返らせようとする少年の物語である。1982年、バートンはウォルト・ディズニーに在籍中この作品を実写の短編映画として制作し、2013年に長編の白黒ストップモーションアニメ(人形を少しずつ動かし、1コマずつ撮影していく制作方法)にリメイクした。『フランケンシュタイン』は何度も映画になっているが、最も有名なのはボリス・カーロフが「怪物」を演じた『フランケンシュタイン』(1931、ホエール)で、次点はクリストファー・リーが「怪物」に扮した『フランケンシュタインの逆襲』(1957、フィッシャー)だろう。なぜこんな知識の羅列をしたかというと、『フランケンウィニー』のスパーキーには眉毛があるからである。
 眉毛。そう、もし手元にスマートフォンがあったら、「フランケンウィニー」で一瞬ググってみてほしい。スパーキーには結構立派な黒い眉毛があるのだ。表情豊かに動くそれはとてもかわいらしい。この眉毛を見れば見るほど連想されるのは、実際的に眉毛が無くて額の骨が突き出ているカーロフの「怪物」ではなく、黒髪のおかっぱ頭に同じ色の太い眉毛があるリーの「怪物」である。2バージョンある『フランケンウィニー』のシナリオは、どちらもカーロフが「怪物」の『フランケンシュタイン』が大いに参考にされている。しかし、このスパーキーの眉毛だけは、1958年に生まれたバートンが少年期に目にしたであろうリーの「怪物」が反映されているのである……というのはファンの贔屓目が過ぎるだろうか。

 話は変わるが、映画に登場する犬はみな主人に忠実で頭がいいと相場が決まっている。「主人に忠実な犬」が恐らく初めて映画に登場したのは1905年のことで、イギリスの映画監督セシル・ヘップワースの『ローヴァーによる救出』が最初期の動物映画と言えるだろう。ユーチューブでRescued by Roverと検索すると観ることができるので、10分やることがなくて暇だったら是非観てほしい。ジプシーに盗まれた主人の赤ん坊を犬が救出する様子がスリルたっぷりに描かれている。
 『ローヴァーによる救出』におけるリアリズムの要素の1つは、犬の賢さが常識の範囲内であるというところだろう。ローヴァーは赤ん坊がいなくなったことを嘆き悲しむ主人を見て家を飛び出し、赤ん坊の居場所を突き止めてもう一度主人の元へ戻るのである。見つけた赤ん坊をベビーカーに乗せたり、ましてや言葉を喋るといった非現実的な賢さは描かれない。少なくとも実写映画においては、犬はあくまで犬らしい賢さに甘んじるというのが通例である。『101匹わんちゃん』(1961、ライザーマン、ラスク、ジェロミニ)を実写化した『101』(1996、ヘレク)でも、さすがに言葉は喋らなかった。動物を喋らせるには、ディズニー映画や『ナルニア国ものがたり』の「ものいう動物」のように、動物が言葉を話し、知識や感情を持ち合わせることが当たり前であるという世界を作り上げることで、リアリズムの問題を透明化することができるようだ。
 ところが、コメディ映画はこういった通例を軽々と破る。「忠犬」らしい賢さを持たない普通の犬なのに、言葉を話すほど賢い犬が登場する映画がある。イギリスの伝説的なコメディグループ、モンティ・パイソンの1人であるテリー・ジョーンズが監督した『ミラクル・ニール!』(2015)は、平凡な高校教師のニール(サイモン・ペッグ)がある日エイリアンによって知らず知らずのうちに(ほとんど)全能の力を授けられるという物語である。ニールには「デニス」というテリア犬の愛犬がいる。デニスはニールから冗談半分に言葉を話す能力と、合理的な思考力を与えられるが、頭の中は基本的にビスケットのことでいっぱいである。「ビスケットをくれるまで他のことは何も考えられない」「欲望が生きる糧なんだ」「ビスケット!」と、欲望を軸に合理的な思考をする非常に「人間らしい」テリア犬となった。
この作品は存命中のモンティ・パイソンのメンバー5人が全員揃っているかなり珍しい作品であるばかりか、挿入歌はクイーンのロジャー・テイラーが担当し、さらにデニスの声を当てたロビン・ウィリアムズはこれが遺作となった。ちなみに「平凡な主人公が全能の力を得る」というシナリオはジム・キャリーが主演した『ブルース・オールマイティ』(2002、シャドヤック)で既に映画になっており、ジム・キャリーも代表作『マスク』(1994、ラッセル)で賢いジャック・ラッセル・テリアの愛犬に助けられている。
 ところで、『ミラクル・ニール!』にはなんとコーギーが登場する。私が飼っていた「らん」とは違い白黒の鼻筋が通ったコーギーで、もうとんでもなくかわいいのだが語弊なく中身が中年のおじさんである。どう語弊がないのかは是非とも本編を観て欲しい。映像作品に登場するコーギー犬は、その体躯からなのか、なぜか「愛嬌はあるが鈍臭い」というイメージを植え付けられがちだ。『101匹わんちゃんⅡ パッチのはじめての冒険』(2003、カメラッド、スミス)では、「間抜けなスター犬の地位を狙うずる賢い二番手」という素晴らしいコーギー像が提示された。コーギー好きな現イギリス女王の影響なのか、「王室で甘やかされた愛玩犬」というイメージもあるようで、『ミニオンズ』(2015、コフィン、バルダ)で描かれた英国王室のコーギーは非常に純粋無垢な可愛らしさがある。しかし、実際に飼っていた身からすると『101匹わんちゃんⅡ』の人相の悪さがどうにもリアルで、愛おしく思えてくるものである。
 拙い文章でお気に入りの犬映画の一部を紹介してみた。世界中にはまだまだ犬の登場する映画があるだろう。本稿で紹介した中で、どれか一本でも新しい作品との出会いのきっかけになれば幸いである。喜ばしいことに、今年の7月にはイギリスでThe Queen’s Corgiという王室のコーギーが主人公のアニメーションが公開された。お願いだから日本でも公開して欲しい。DVDスルーでもいい。日本に来てくれ。公開された暁には、映画のレビューで3500字使い切って「かきあげ!」に投稿しようと思う。

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