トートバッグのなかの四分儀

【この短歌連作は、序歌一首を除き、作者がツイッターアカウント「投票短歌(@TouhyouTanka)」に投稿した既発表の短歌から自撰して、改作、再構成、編集した作品です。
 投票短歌とは、作者が一つの上の句と四つの下の句を用意し、読者がもっとも気に入った下の句に票を投じて完成させる、という形式の文芸表現です。
 本作では、下の句について、必ずしも得票数がもっとも多かったものを撰出しているとは限りません。】


四分儀で測る短いうたかたの月を標にまほらを航る


オホーツク氷の上に咲く花は
 みだりに見てはいけない可憐

冷たくて悲しい灯りポラリスへ
 コイントスして北風は凪ぐ

一枚と幾千枚の雪ひらが
 くじらの背から吹く果ての海

潮騒を懐中時計に閉じ込めて
 ファジーな針となれよクロノス

貝殻に蒼い涙を注ぎ入れ
 波打ち際のベガに借りる火

龍の居る門をくぐればその庭は
 スターダストのただ降りしきる

白銀の暖炉にかかるホーローで
 シチューにとろとろ煮込まれる雪

鈴の音が月降る零時(ゼロ)を染め上げて
 トナカイの行く夢路を示す

花束は誰へ向けてのものですか
 運ぶ途中でしおれませんか

砂に咲く赤一滴の彼岸花
 アスタリスクを大地に記す

初恋は友に盗られてビリジアン
 ぎこちなく塗る間違った空

校庭のけやきの影につつまれて
 涙の味をたしかめている

退屈な幾何の時間に見る夢は
 知ったかぶりの二等分線

黒板の隅に棲みつく青春が
 まれにチョークで秘密を明かす

いまどきの流行りですラブレターには
 ワレモノ注意のシールを貼って

制服をわざと乱して着る人が
 カーマインだけ使う秋の絵

図書館の誰にも見つからない書架で
 きみはさなぎになったらしくて

教えてよ雪の熱さ火の優しさ
 焦がしたパンのほのかな甘さ

ほろ苦く開くつぼみと昼の月
 からめるように葦笛を吹く

とげのある低木の名を教われば
 戦の痕に生るピラカンサ

世界から武器がなくなる瞬間を
 イメージしたらパイを食べましょ

シラップに浸る黄桃満月に
 足跡があることのわびしさ

流星はきみの笑顔を知っていて
 トーキョーはまだ眠れずにいる

ワゴン車で金星を追いかける夜
 トーストにミルクジャムを塗る朝

ねむの木のもとでまどろむペンギンに
 かすかな初夏の紅ふりかかる

ほんものの風を背中に受ける時
 狼(ルプス)は馳せる紫(ルピナス)の野を

スポイトで出会いの色を吸い取って
 バラの夜露に混ぜておいたよ

甘夏の房むく香り溢れ出て
 にわか雨から垣間見る窓

やわらかな氷のなみだ創世は
 トートバッグのなかで始まる

シトロネラだまされるほど爽やかな
 緑を鍵にひらくよろい戸

朝採りのアスパラガスを刻むとき
 円くしたたるしじまのしずく

サボテンを窓の近くに置いたから
 クレオパトラに勝ったと思う

夏便り沓脱石(くつぬぎいし)に落ちる影
 ほとぼり残る西瓜の香り

風鈴がはしゃぐ廊下を歩こうか
 軒は盛夏を謳歌している

月色の毛糸玉からほどけゆく
 やがて稲穂になるはずの風

夏だから入道雲のはしっこが
 トイプードルになって駆け出す

甘くしてくださいもっと酔いたくて
 早生の葡萄に寄せるくちびる

特大のホットケーキで寝る夢を
 あなたの部屋で見れてよかった

夏至過ぎの虹から赤を盗み出し
 ナスタチウムよ鮮烈に咲け

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