ミュカレ

nameless権兵衛

 ああ、二日酔いで頭が痛い。
 何とか出勤してデスクにたどり着きはしたけれど、今日は仕事になりそうにないわ。まぁ、あれだけバーで痛飲すればこうなるのも自業自得だけど、昨日はそうでもしないとやってられないことがあったのよ。……そうよ、全部翔太が悪いの。でも、今問題なのは、これ。
 私はスーツのポケットから砂の入った小瓶を取り出し、しげしげと眺める。中身はどう見てもただの白い砂だが、昨日までは絶対こんなものを持ってはいなかった。ただそうなると、昨夜の出来事は夢ではなかったということになるんだけど、そんなはず……ないわよね?
 順を追って話すわ。と言っても、一から話すとなると、あの裏切者を振ったところから始めないといけないか。

 バチィンと派手な音を立てて、私の平手が二年半付き合っていた彼の頬で炸裂。隣で気色ばむ彼女の頬にもバチィン。
 昨夜、残業で遅くなり、駅への近道に仕方なく通ったラブホ街で、ばったり浮気中の彼と出会った時には、さすがに私も凍り付いたわ。あのヤロー、最近どうも生き生きしてると思ったら、こういうことだったのね。
 へたり込んだ彼に、今年の誕生日にプレゼントされた指輪を、ちょっとここでは言えない言葉と共に投げつけ、絶縁を宣告。ふんっ、もう絶対年下とは付き合わないんだから!
 怒りと情けなさに苛まれ、足を向けたのは友達が経営するショットバー。カウンターにテキーラ五杯を並べさせ、次々飲み干すとさすがに怪訝な顔をされたけど、これは過去と決別するための儀式よ、と言ったら察してくれた。
 しかし、私の「そのボトル、空にしてやるんだから」と言う言葉が冗談でないと知ると、いい加減にしな、と言われて追い出され、千鳥足がおぼつかなく、仕方なく近くの公園で酔い覚まし。
 で、ここから先ははっきり覚えてないんだけど、どうやらハイになった私は、ベンチの上から中秋の名月に向かって何か呪いの言葉をわめきちらし、へんてこなダンスを踊り始めた……ような気がする。
 ……言わないで、自分でも馬鹿なことしたと思ってるわ。でも多分、この儀式めいた行動の何かが原因だったんでしょうね。私があの不思議な世界へ行ったのは。

 いつの間にか酔いつぶれていたらしく、はっと目を覚ますと辺りはまだ暗かったが、すぐに妙なことに気づいた。
 おかしいわ、さっきまで星が出ていたはずなのに空が真っ暗。曇っているわけじゃないわよね、だって三日月が輝いて……、三日月?今日は満月だったはずよ?
 まだ酔ってるのかしら、と思いながら身を起こそうとすると、私を覗き込む小さな顔に気がついた。
「驚いた、お姉さん、一体どうやってここまで来たの?」
 驚いたのはこっちの方よ。もう深夜を過ぎているはずなのに、一体どこの子かしら。
 不思議そうな表情を浮かべるのは可愛らしい顔立ちをした六、七歳くらいの女の子で、日本人じゃないのか、柔らかそうな亜麻色の髪をしている。月や星をあしらったピンクのパジャマにナイトキャップを被り、白い上掛けを羽織った姿は、まるで小さな魔女みたい。
「お嬢ちゃんこそ、こんな時間に何してるのよ。お父さんかお母さんは一緒なの?名前言える?」
「私、ミュカレ。これから星空を作るの。パパとママは一緒じゃないわ」
 ……う~ん、聞いておいてなんだけど、よくわからない。星空を何ですって?プリキュアごっこか何かかしら。とにかく放っておくわけにはいかないわね。
 しかし辺りを見渡した私は、今度こそ愕然としたわ。さっきまで確かに普通の公園だった場所が、まるで絵本の世界に迷い込みでもしたかのように、様変わりしていたの。
 公園の周りに生えている木は、淡い青やオレンジなどキャンディカラーに色づいており、遊歩道沿いの植え込みは、マシュマロのようなモコモコに。その傍らでベル型の花をつけた植物が、そよ風とともに鈴音を響かせる。
 私が寝ていたベンチは、白い毛並みの見たことのない動物に変わっており、それは眠たげな目でこちらを一瞥すると、のそのそとどこかに歩いて行ってしまった。そして、目の前を黄色い羽の妖精が戯れながら飛び去るのを見て、私はようやく理解した。なあんだ、夢を見てるのね。
「ごめんね、お姉さんを元の世界に連れて行ってあげたいんだけど、今は時間がないの。そうだ、お姉さんも星空を作るの、手伝ってくれる?」
 夢だとわかればなんてことはない。私は袖を引くミュカレちゃんの頼みに、いいわよと答えると、彼女に引っ張られて砂場へと赴く。
「あのね、この瓶に星の砂をいっぱい、いっぱ~い詰めてほしいの。ミュカレはその間にお月様にお願いしてくるね」
 何のことかわからないけど、私は渡されたガラス瓶に砂場の砂をすくって入れていく。白い砂は瓶の中に入るとキラキラと輝きだして、とても綺麗。でも結構な量を入れてるはずなのに、魔法のガラス瓶はどんどん砂を飲み込んで、なかなかいっぱいにならない。
 ちっとも重くならないのに、ようやくいっぱいになった瓶にフタをすると、ミュカレちゃんは月に向かって、木の棒みたいなものを振りながら、何か話しかけているみたい。
「お月様、お月様、降りてきて~」
 なんだか微笑ましくて思わず笑みがこぼれてしまう。でも、すぐにそれは驚きに変わったわ。だって、ミュカレちゃんの呼びかけに応える様に、夜空の三日月がスーッと、滑るように降りてきたのよ。いくら夢でもびっくりするじゃない。
 青白い輝きを放つ三日月が私達の前で止まると、ミュカレちゃんは嬉しそうに飛び乗って、私にも早く乗るよう勧めてくる。恐る恐る月に近づいてみると、驚いたことにその月は固められた砂でできていた。そして私がまたがり乗るや、いきなり浮かび上がり始めた。
 見る見る地面が遠ざかっていき、思わず叫び声がこぼれる。だけどミュカレちゃんは年相応の女の子らしくはしゃいでいて、なんだか怖がるのがバカバカしく思えてくる。そうこうしているうちに、月はどんどん空へ上っていき、足元に広がる街はまるで光る宝石箱。
「さぁ、お姉さん、星の砂を振りまいて」 
 言われるままに瓶のフタを開けると、星の砂は風に乗って飛んでいき、夜の空へと散らばっていく。不思議なことにその砂は地上に落ちていくことなく、本物の星のように輝き始めた。
「わぁ‥‥」
 知らず感嘆の言葉を漏らし、いつの間にか私は漆黒の夜空に星を振りまくことを楽しんでいた。そう、目に映る不思議なことが何でも楽しく思えた、子供の頃のように。
 私達を乗せた月は、瓶の中身が空になるまで夜空を駆け巡り、やがて元の公園の砂場へと降り立った。見上げると、空には満天の星空が広がっていた。
 地上が降りた途端、月は輝きを失い、サラサラと崩れ始めた。ミュカレちゃんは、崩れ行く月の砂を一つかみ瓶に入れると私に手渡してくる。
「はい、お姉さん、手伝ってくれてありがとう。お礼にお月様の光を分けてあげるね。もう会えないと思うけど楽しかったわ」
 そうしてにっこり微笑む彼女を見たのが、あの不思議な世界の最後の思い出。気が付くと私は今度こそ本物の公園で寝入っており、東の空が白み始めてるのを見て、キャー大変!慌てて会社に向かったという次第。

 痛む頭を抱えながらも、何とか仕事を終わらせた帰り道。私は例の公園に寄ってみたけど、そこにミュカレちゃんの姿はなく、木も植え込みも虫の声も何の変哲もないもので、空には少し欠けたお月様が煌々と輝いているばかり。
 やっぱり夢だったのかな。ベンチに腰掛け、どこかがっかりした気持ちを味わいながらも、ちょっとほっとした気分を覚える。
 でもすぐに、それが間違いであることを思い知ることになったわ。何の気になしに砂の小瓶を取り出してみると、昼間見た時は絶対ただの砂だったのに、それは夜の闇の中で淡い光を放ちだしたの。
 息をのみながらも、私はその青白い光に見覚えがあることに気付いていた。見紛うことなくそれは、昨夜ミュカレちゃんと一緒に乗った月と同じ輝きだった

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