日常と狭間

いえごん

 里佳子はゴミ袋を持って外に出た。油断していたわけではなく、30 mも離れていないであろう集積所にいくのにわざわざダウンを着る気になれなかっただけであるが、やはり寒い。風があるわけでもないのだが、日が落ち二時間くらい経っているであろう冬の夜はやはり寒いのだ。はぁ、と吐く息が白いのかはよくわからないが、青白く見える様な気がする星がいくつも瞬いている。
 今日で正月休みが終わる。明日から日常が戻る。たぶん、
 本当はもう日常なのだ。昨日、今日はただの週末となんら変わることがないはずのなのだから。
 正月休みが終わるけれども、何も全てが嫌なことでもない。事実、今がそうなのだ。
 里佳子が住んでいるところは、基本的には二十四時間ゴミ出しができるのである。ただしそれは365日ではない。お盆と年始年末は、おそらくどこの自治体もそうであろうが、ゴミ収集をしていないのだ。一週間ほど、里佳子の利用する集積所のコンテナが封鎖されるのである。
 プラスチックゴミや缶、紙類はまぁいい。どこも同じであろうが、困るのは燃やすゴミという名の生ゴミである。普段の里佳子は潔癖というわけではないのだが、生ゴミという名の燃やすゴミはほぼ毎日、コンテナに放り込む習慣があるのだ。夏よりは、お盆時期よりはマシではあるが、冬でもやはり困るは困る。
 今回は回収曜日の巡りのせいか、いつもよりも一回多く回収されない気がしていた。いつもは三回回収されないと思っていたのだが、今回は四回、回収されないのであった。四回回収されないということは、回収再開一回目は五回分のゴミが出されることになる。
 ほぼ毎日、とは言ったが放り込まない日が里佳子にはある。日というか、時間帯というか。回収日の朝である。すでにコンテナの蓋が半開きで、これ以上はちいさな袋一つも入らない溢れんばかりのところに押し込むのが嫌いなのだ。
 収集停止明けのコンテナは、半開きどころか本当に溢れんばかりになる。だから里佳子は回収停止期間は極力生ゴミを出さない生活を送るのだが、それでも限度がある。いつもの三倍程度溜まってしまった。いち早く捨てたい。
 とはいえ、それでもなるべく早く捨てたいのを我慢している苦痛と、コンテナから溢れさせてしまうゴミ袋を追加する苦痛のどちらを選ぶかと言ったら、前者を選ぶのだ。
 すでに一回回収されたコンテナは、収集日から考えると明らかに多い量がすでに詰まっていた。だが、蓋が閉まらないこともなければ溢れることもない程度である。
 謎の満足感で里佳子はそこにゴミを放った。誰もいない、シンとした人感ライトに照らされた集積所で、改めて寒さを感じた。
 思いの外ライトの眩しさが気になって、ライトの方を見た。月が見えた。半月だ。半月がきちんと真っ直ぐ立っている様に見えた。
 里佳子は不意に、疑問が頭に湧き上がった。
 上弦とか下弦の月って、コレはどちらを言うのだろう?
 弦は垂直である。そもそも上弦の月とか下弦の月とか言うけれども、昇っている時と沈む時でどちらにでもなりうるのでは? 欠けている時のことを言うのかとか満ちようとしている時のことを言うのかではなく。
 考えたところでわかるわけではないので、月から目を逸らそうとすると、今度は星が気になった。
 垂直弦の月の左、東よりに、オリオン座が見えた。
 里佳子はさほど天文に詳しいわけでもないが、星座で言えばオリオン座くらいは知っていた。目がさほどいいわけでもないが、オリオン座は特徴的なものがはっきり見えるせいか、里佳子でも判別つくくらいにははっきり綺麗に見える。三ツ星が。その三ツ星を囲む様な四つの星が。
 そういえば、と、また里佳子の脳裏に何かがかすめた。
 三ツ星から見て、左上の星。ペテルギウス。星に詳しいわけではないが、最近話題になったからなんとなく気になってしまった。目を凝らして見てみるが、ほかの星より瞬きが多い気がしてしまう。そんなことはありえない、星の瞬きなど地球の、大気の影響によるものだからだ。ただ、爆発が近い、なんて話を聞いてしまうと、どうしても光の揺らめきがほかの星よりも大きい気がしてしまうものだ。錯覚であるにもかかわらず。
 そもそも里佳子は目がいいわけでもないし、ドライアイだ。単に目がしばしばしているだけだろう。乾燥もしている時期であるからいつもよりもよけいに。
 瞬いている様に見えるのも思い込みの問題だ。そもそも、赤い星らしいのに里佳子の目にはわりと青白く見えるのだ。ペレルギウスが。右下のリゲルと比べれば、なんとなーく赤というかくすんだ様に見えなくもない気がしなくもない。くすんだ様に見えるから、よけいに揺らいでいる様に見えてしまうだけなのかもしれない。
 もう一段考えが深まりそうなところで、寒さに気がついてしまった。寒い。ああ、寒い寒い。
 セーターは着ているが、そこ上には何も着ていない。マフラーも帽子も身に付けていない。そもそもゴミを出しにきただけなのだ。
 寒さに気がついた途端に、ペテルギウスのことなど里佳子の頭からすっぱりと消えてしまった。ただ小走りで、家へと急いだ。かじかんだ手で、たかがゴミ捨てと思いつつもしっかり戸締まりをしたドアの前で、鍵をまさぐった。早く早くと焦るせいか、思い通りに鍵が入らない。焦れば焦るほど、身体がどんどん冷えてきてますますうまくいかない。
 ようやくドアが開き、部屋に戻る。時間にして数分。たかがゴミ捨てであったために、家の電気はこうこうと付いているし、テレビもつけっぱなし。もっといえば、お風呂の湯だめさえしっぱなしであるために、蛇口も全開だった。もちろん室内の暖気が半端ない。たかが数分ではあるが、この暖かさはなんとも言えない幸福だ。
 ちょうどお風呂が沸いたらしい。ヒートショックが心配かもしれないが、それよりも心地よさというか今欲しい快楽を手にしたい。
 冷えた服をさくっと脱いで、ちょっと熱めの湯船にドボンと入った。やはり熱い。あの程度ではあったが冷えた足先に熱い湯が滲みる。
 ふぁーーー。
 白い湯気が上るお湯に肩まで浸かり、一息ついた。ボーッとしつつ、お湯に身体を預ける。なんとも言えない心地よさである。
 慣れてくると、また、里佳子は何かを考え始める。
 あー、明日から仕事かー。
 毎日ゴミが出せる日常がはじまるのか。
 日常ではないことはなんだろうと、ふと思いを巡らせた。
 それはひょっとすると、明日にでも拝めるかもしれないペテルギウスの爆発かしら?
 そうは思いつつも、里佳子が生きている間に起きるのかどうか、宇宙に思いを巡らせているのが、正月でもなくても、日常なのであろう。
 社会人になっての長期休暇は貴重だと言いつつ、年末年始は全国的に一斉だから、休みということに対しての特別感は特にない。今年に入って一週間は休んでいないけれども、来週はまた三連休だ。長期休暇があると、ちょっとだけ里佳子はほくそ笑んでしまう。月の半分程度だけ働けば、月収がまるまるもらえると考えてしまうからだ。
 ただ、実は意外と普通に営業日数があることに里佳子は気がついていなかった。

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