つきもの

焼き刃漬け

小春日和の午後。胡坐をかいておのれのこしかたゆくすえに思いを馳せていたそれがしの耳元で突然声がした。
「あーホントにいたよ。あたし、さとりってんだけど」
なにやら面妖な髪の色の娘だ。
「ねぇ、あんた聞こえてんでしょ。ねぇってば。無視すんな」
「うぬっ!?」
鞄を振り回して殴りつけてきおった。
「なにをする!」
「聞こえてんじゃん」
肩掛けを背負い直す狼藉者は見たところ年の頃は十五かそこら。まだ子供ではござらんか。
「ここはおんなこどもの来るところではない。立ち去れ」
「あぁ、あんたまだお侍さんなんだ。今どきおんなこどもとかマジウケるんですけど」
はて妙なことを言う。訛りもあるようだがさては田舎娘か。
「とにかく邪魔なのだ。あっちへいけ」
「なんの邪魔?」
「なんのって……」
言いかけて呆然とする。
「邪魔言っといてそれ?覚えてないとか笑えねー」
「いや。いやいや。忘れたのではない。口にできんのだ」
「いいじゃん別に。言っちゃえ言っちゃえ。つか逆に言うまで邪魔すっかんねー」
煩わしいとはいえ切って捨てるわけにもいくまい。仕方ない。
「……守っておる」
「何を?」
「それはもちろん」
言いかけて眉をひそめる。
「わかんないんでしょ」
「いや……そんな……バカな」
「マジウケる。バカはおまえだろ」
むぅ。手玉に取られているようで気分がよくない。

貧しい百姓の出であった。山城の城主に拾われ足軽になった。国は大きな戦に巻き込まれ、主の言いつけで城から奥方と若を連れ山中に逃げ隠れた。見つかっては切り伏せ、物音に怯えながら二人の手を引いて藪を駆けた。言いつけは二つ。生きよ。そして守れ。度重なる辛苦に醜くく足掻いた。道も理もかなぐり捨てた。ひたすら生き延びることを選んだ。逃げた。殺した。騙した。奪った。そうやって生きた。そうやって守った。追撃の手は激しさばかりを増しとうとう深手を受けた。逃げ回る事もままならなくなり洞穴に身を潜め、熱が出て朦朧とする日が続いた。食料が尽きた。

「忘れるわけがなかろう、確か……そう。奥方と若とを匿い」
「どこに?」
「それを聞いてなんとする。おいそれと口にするそれがしではないわ」
「でもホントさ。どこに居るか覚えてる?」
「覚えて……なにを……」
何故だ。思い出せぬ。
「やっぱり『あやしい』か……」
「どういう意味だ」
小娘の顔からは小馬鹿にするような笑いが消えていた。
「もしかしたらその奥方と若って邪魔じゃなかった?」
「貴様……!」
「それにさ」
どうしてくれようと鞘へ伸ばした手は、ぐっと詰め寄り見透かすような瞳に制された。
「お腹、空いてなかった?」
「なっ……!」
絶句した。おそろしいことを口走りおる。
「ほら、どうなの?」
「おのれ小娘の分際で」
なますに切って……いや待て。何か同じようなことを問われた覚えがある。こやつ。こやつは一体。

晴れた日であった。朦朧とする中で茂みの向こうに主の後姿を認めた。夢かと思った。しおれかけていた心が水を得た魚の如く躍るようであった。守り通したのだ。助けを求めようとしたが弱々しい声は届かず気づかれない。
「太助どもはまだ見つからんのか」
懐かしい主の声がした。太助はこれに。おそばにおりますぞ。ただいま、ただいま馳せ参じまする。
「側室もろとも始末する算段だったが」
耳を疑う間は酷く疲れたため息で埋まる。
「裏切りの汚名のうちに野垂れ死んではくれぬようじゃ……早う見つけ出して殺さぬか!」

みんながみんな、何かのせいにしたがるものだよね。だからあたしらは不条理の具現化なの。そうでなきゃあやしいなんていわれないよね。妖しいとか、怪しいとか。いわれたりしないよね。本来ただあたしらは存在しているだけだってのに。ヒトの方で勝手に怖がっちゃってさ。何か不条理があると全部あたしらに押しつけんの。別にいいけどもうね。正直つき合いきれないって感じでさ。ほっといて欲しいよね。

鬱蒼とした表情でそう零すと、さとりはまばたいて地面からそれがしへ目を寄こした。
「太助。あんたは覚えてないかもだけど、あたしらあった事あんの。ずっと昔のことだけどね。あんたはあたしのこと言い訳にしなかった。だからもしかしたら、あんた自身が不条理になっちゃったのかもって思ったわけ」

「その二人は逃げるのに邪魔であろう」
「……」
「それに腹が減っておるな」
「……」
「食ろうてやろうと思うたであろう」
「……」
「どうだ。あたりだろうて」
「そうだ」
太助は弱々しく答えた。
「だが、おぬしには関係の無いこと。消えよ。近づけば斬る」
洞穴の入り口で胡坐をかいて腕を組み、刀を抱き抱えた太助は目を閉じた。それきり二度と動かなかった。

少女の奇行が駅のホームを騒がせている。春先や秋口になると列車へ身を投げる人が相次ぎ、落ち武者のたたりだと噂が耐えない駅である。ホーム中ほどの塚の前でポケットに手を突っ込んだ少女は周囲の奇異な眼も無きが如くに無視して妙に満足げに肩をすくめてみせる。
「ようやく『あらわれた』。古いこころって要らないもんばっかくっついちゃって、ひねくれてんのかすねてんのか見えなくってしようが無いからいやよ」
塚に向かってしゃがみこみ長い髪をかきあげた。
「その約束はあんたをがんじがらめにしてる鎖なのかもしんないけど、あんたはそれを多分あんた自身のよりどころになるまで鍛えぬいたんだ。今あんたのこころが消えずに残ってんのはだから。なんていうか、不条理になっちゃったからじゃない気がすんだけど」
暫く黙って塚を見つめたあと、ため息をつき目を閉じる。「ほんとめんどくさいな」と零してこう続けた。
「もう一回聞くけどさ。今のあんたは一体何を守りたいの」
老いた落ち武者は唸って柄から手を離し、何年ぶりになるかの重い腰をあげた。
「憑き物が落ちたような気分とはこのことか。さとりというのは善行を施すこともあるのだな」
ふんと答えて膝を払い少女は立ち上がる。
「自分のいのちも自分でも決められない連中が、あんたのせいだ、あんたのせいだって責任なすりつけて散っていくのが気に入らなかっただけよ」
大手を振る太助を背にした少女はばつが悪そうに改札を抜けた。

落ち武者の霊が出るという噂は無くなった。代わりに月代姿の車掌の霊が身を投げようとするものの眼前に躍り出ては真面目くさった説教をするようになったという。

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