GIRL FRIEND

ムラサキハルカ

「月に帰る?」
「そう、月に帰るの」
「それは比喩とかではなくて?」
「うん、本当に月に帰るの」
「冗談とかでもなく」
「信じられないかもしれないけど、冗談じゃないよ」
「にわかには信じがたいな」
「頭がおかしくなったと思ったりしてる?」
「ちょっとだけな。けど、本当っぽい感じもしてる」
「どっちつかずだなぁ。マー君らしいけど」
「じゃあ、本当だとしてだけど」
「できればもうちょっと信じてほしいんだけどなぁ」
「なんで、帰らなきゃいけないんだ?」
「……う~ん、うちの生まれたところだからかな」
「生まれたところだからって、絶対に帰らなくちゃいけないっていう理屈はないだろ」
「そうかな? じゃあ、もう少しはっきり言うとね、元々、うちは月に帰る約束でこっちに来てたんだ」
「それはつまり、この星には留学的な感じで」
「そんなとこ……かな。月にはなにもないしね」
「けどさ、ウサギ。お前が住める町はあるんだろう」
「おやおや、もうちょっと信じてくれる気になった?」
「……ちょっとだけな」
「ありがと。月はこっちの人が観測してる通り、なにもないよ。うちの生まれ故郷のゆたかな海も、別にゆたかでもなんでもないし」
「月に海があるのか」
「月の海……だけどね。それでもこの星の話はちょくちょく入ってくるから、行ってみたいなって思ってて」
「どんな話が入ってくるんだ?」
「ええっとね、アルコールとドラッグとロックンロール、それからラブとセックス、そんでチルドレン?」
「意味わかんないけど、えらく偏ってないか」
「まあね。この間、聞いた曲の歌詞を並べただけだし」
「おい」
「怒らないでってば。もうちょっと真面目に答えると、そういうごみごみした感じが魅力的に思えたんだよね」
「ごみごみした、ね。月にはそういうのはないのか?」
「う~ん、ないことはないけど。頭が固い人が多いから、誰かから聞いた話をちょこちょこって感じ」
「ってことは、普段は入ってこないのか」
「小さい頃から、清く正しく大人しく、なんて教えられるんだよ。ちょっとでもそれを乱すことを喋ってたら、ちょっとした問題になったりね」
「そういや、最初会った頃のウサギって、けっこう大人しかったな。すぐにうるさくなったけど」
「まだ、月にいる時の癖が抜けてなかったからね。しかも、自分で言うのもなんだけど、うちってば、箱入り娘だし」
「本当に自分で言うなだよ……。うんで、実際に来てみてこっちでの生活はどうだったんだ?」
「うーん……正直、あんまり向いてなかったかな」
「ここまで言っといて、それかよ」
「たはは……なんだかんだで、月人的には、煩すぎるしね、この星は」
「だったら、せめてこの国じゃなくて、もうちょい静かそうな国にしとけば良かったんじゃないのか」
「今、考えてみるとそうだけど……そういうのも、行ってみないとわかんないしね。せっかく、お父さんとお母さんをなんとか口説き落した甲斐がないなって思いもしたよ」
「そういや、箱入り娘設定だったな、お前」
「設定じゃなくて、本当に箱入り娘なんです。……けど、すごくうるさかったし、醜い人も多かったけど」
「醜い、ね。けど?」
「うるさい分、刺激的ではあったよ」
「アルコールとかドラッグとかか?」
「ドラッグの代わりにシガーかな。逮捕されたくないし」
「教えた俺より、お前の方が吸ってるしな」
「まあね、別に美味しいと思ったことはないんだけど」
「ってことは、無理して吸ってるのか」
「ブラックコーヒーみたいなものじゃない。そんなにおいしいと思わないけど、ないと口寂しい的な」
「俺は両方、おいしくいただいてるけどな」
「そっか……かっこつけじゃなかったんだ」
「最初はどうだったか自信はないけど、今は両方ともおいしいよ」
「見解の相違だね。これが月人と地球人の違いか……」
「ただの、味覚の違いだろ。ウサギみたいに言ってるやつだってけっこういるしな」
「そっか……。まあ、兎にも角にも、住めば都ってやつで、何年か住んでいれば、そこそこ愛着も湧くわけで。それに……君と付き合えたのは、悪くなかったし」
「それでも、帰るんだな」
「うん。……根っこのところで地球人じゃないなって、よく感じたりもするしね。もっとも、帰ってから上手くやる自信もあんまないけど。特に喋り方とか」
「そういや、会ったばっかの頃のお前、自分のこと、わたくし、とか言ってたりしたな」
「そういうことじゃなくて。……いや、たしかに、うち、とか言ったら怒られるかもしれないけど」
「今のウサギはどっちつかずってことか」
「そうそう、悪いこともまぁまぁ覚えたし。けど、、根っこのところで月人なんだよ、やっぱり」
「そうか……」
「だから、その手を離してくれないかな」
「離したらどうするつもりだ、お前」
「そりゃ、肉体を捨てて月に帰るんだよ」
「地球的にはそれは身投げっていうんだが」
「そうなの? 初めて、知ったよ」
「嘘吐け。てか、この高さから落ちたらどう考えても死ぬってことくらいわかるだろ」
「死なないって。ただ、帰るだけ」
「帰ることは帰るな。土にだけど」
「そしてうちは月の石になるのでした。ちゃんちゃん」
「ちゃんちゃんってやっぱり終わるってわかってるだろ」
「そりゃ、終わるでしょ。うちの地球での生活が」
「月での生活も終わるだろ。肉体的に」
「肉体なんかなくても大丈夫だよ。月的には」
「さすがに生命活動が停止したらどうしようもないだろ」
「地球的にはね。月的にはむしろ、そこからが本番」
「……やっぱり、頭おかしくなったんじゃないか」
「……見解の相違だね。残念ながら」
「どっちにしろ、手は離せないな」
「いや、離してよ。そろそろ、マー君も落ちるよ」
「……落ちたいんなら、引っ張って俺ごと落ちろよ」
「マー君……正気?」
「少なくともお前よりはな」
「それはないね。今のうちは地球上で一番正気だから」
「……だったら、同じくらい正気ってことでいい」
「わかってるの? 一緒に落ちるんだよ」
「お前一人で落ちるよりはましだ」
「……そっか」
「………………」
「……ありがとうございます」
「はっ?」
「わたくしとともに月に帰ってくれるのですね」
「なに、そんなに嬉しそうにしてるの? お前」
「月に帰ることに異存はありませんでしたが……正弘様と別れることがただ一つの心残りでしたので」
「おい、待て待て……」
「正弘様がわたくしと運命をともにしてくれるというのであれば、怖いものなどなにもありません」
「ちょっと、ウサギさん。話を」
「帰ったらすぐに婚儀をあげられるようお父様とお母様にお話ししなくては。ああ、早く、一族の方々にも正弘様のお顔を見せてあげたい」
「一人で勝手に話を進めないでくれ。俺は」
「こうしてはいられません。すぐに参りましょう」
「なぁ、ウサギ、だから話を……」
「えぃ♡」
「だからおい待てってば。てか、落ちてるの、俺」
「うふふ、違います。月に帰るのですよ、正弘様♡」

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